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「……それも記事にするんですか?」
妻のことに触れられたからか、一瞬、稲垣の瞳の奥に異様な光が瞬く。
「いや、別にそんなつもりはありませんが……。
実は、わしの知り合いに器量は良いのになかなか嫁のもらい手がない女性がいましてな。
さしでがましいようですが、どうかと思いまして。
年齢的にも釣り合いが取れそうなあんばいなんですよ」
稲垣は、苦そうな笑いを浮かべる。
「せっかくですがご遠慮しますよ。
たしかに刑事という職場だと、なかなか出会いらしい出会いもないのですが、別にそこまで困ってはいるというわけでもないですから」
まあたしかにそうかもしれない。
年齢収入を無視しても、十分に女にもてそうな容貌ではある。
「それに、私はもともとあっちの方はあんまり好きではないんですよ。
淡白というか、別にしないからといって悶々と夜を過ごすようなことになったことがない」
もしかしたら、妻の異常な殺され方を目の当たりにしたことによって、性に対する衝動が減退したのかもしれない。
稲垣は女の裸を見るたびに、血塗れの太腿や壁に貼りつけられた乳房を思い出さずにはいられないのだ。
「正直にいうとですね、実は今でも性犯罪だけは苦手なんです。
犯人の心理が読めない。なぜそんなことを行うのか、どんな欲望、衝動につき動かされて彼らが犯行に及ぶのか、私にはうまく理解ができないんです」
冗談なのか本気なのか、稲垣は肩をすくめて笑ってみせる。
妻を殺されてから、性犯罪や猟奇犯罪に対してはあらゆる研究をしたことだろう。
しかしそれでも、妻を分解した犯人だけは未だに捕まえられない。
稲垣の笑いは、そこからくる自虐的なものだろうか。
それにしては、その表情がやけに穏やかなのが、ラウムには気になった。
「本当ですか?」
「本当ですよ。嘘など言っても仕方ないでしょう。
それに、私はいまでも……」
稲垣は言いよどんだ。言われずともその続きの見当はついた。
いまでも、いまでも妻のことを愛しているか。
つまらない映画やドラマに出てくる、安っぽいセリフだ。
そうかそうか。そりゃあ、仕方がない。
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