第3章

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といって、こっちもあきらめるわけにはいかねえんだが。  こうなったら奥の手だ。まだ下調べが済んでいないが、あの件をふっかてみよう。  ラウムは急に神妙な顔をして、せむしのように体を前に乗り出す。  そして小声で刑事に囁いた。 「……稲垣刑事。実は今日、取材とはべつに、あなたにひとつ有力な情報をお持ちしたんです」 「有力な情報?」  老人の変化に、稲垣の目は瞬時にして警戒の色を示す。 「そうです。あなたが捜査に関わって、いまだに未解決の事件、十年前の、あなたの奥さん稲垣聖子さんが殺された、あの事件に関する情報をね」 「す、すごいですね、それは」  思い切り意味ありげなトーンでしゃべったつもりだったのに、すぐに稲垣の警戒は解けた。  驚き方もわざとらしく、どうやら信じてはなさそうだ。 「ふざけているわけでも、デマを吹き込むつもりもありませんぞ。限りなく真実に近い情報です」  そう言いながらも、実のところラウムはそんな情報などまだひとつも持ってはいなかった。  だが、地獄を棲家とする悪魔一族は、悪人の所在なら山のように知っている。  その情報網を使えば、そのときの犯人など短い時間で探しだせるだろう。  そう見越しての言葉だった。  だが悔しいかな、稲垣の興味を引くほんのわずかな手掛かりさえも、いまこのときはちらつかすことができない。 「ただし、ここではあれですから、仕事が終わりましたら、ぜひわしの家にまで」 「お金でもせびるつもりですか?」 「ち、違います、それは断じて違いますぞ」 「黒岩さん、捜査に協力してくれるのはありがたいんですが、実はですね」  稲垣はそう言って目を伏せる。 「その事件の解決は、もうめどがついているんです」  意外すぎる答えだ。  先走ってしまったか。目が点になるとはこのことである。 「藤丸刑事にヒントをもらったんです。長い、本当に長い回り道でした」  感慨深げな一言である。  話が続くと思いきや、稲垣はそのまま黙り込んでしまった。  まったく困った。  稲垣が最大に執着することだと思っていたことが、解決されようとしているのだ。  踏んだり蹴ったりの思いで唇を噛みしめる。  次の作戦を立てるために、ラウムも沈黙して言葉を探していた。
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