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「菓子職人もただ作っているわけではないんですぞ。
ケーキひとつに対してもコンセプトをもって、味や香り、見た目の色彩にまで気を配っているんです。
そのケーキも、『乙女の宝石』というタイトルに示される通り、宝石に見立てられた、厳選されたフルーツたちが主役です。
彼女たちを引き立てるために、職人は生クリームを選び、サイドにつけるムースの味付けを考えている。
食べる方もそれをくみ取って、どうすればそのデザートを一番美味しく食べられることができるか考えながら、口にしなくてはならんのです」
「なるほど。じゃあ黒岩さんなら、このケーキをどのように食べるんですか?」
その言葉を聞いた瞬間、「ボッカ・デラ・ヴェリタ」の店先で膨らませた妄想が、ラウムの目前に広がった。
「ああ……もしも、わしがそれを食べるとするならば……」
視界が存在感を失い、霧がかったように霞みがかる。
生クリームの上に寝そべった乙女たちが、艶美な視線でラウムを誘っていた。
「どうぞ、黒岩さん」
藤丸の手が伸びてきて、老人にフォークを握らせた。
拒否できなかった。
「そんなに大好きなら、今日ぐらい食べても大丈夫でしょう。
我慢せずに、どうぞお食べ下さい」
藤丸が、それこそまるで悪魔のように、囁いた。
ラウムは、フォークの先端で、生クリームに触れた。
柔らかいホイップの感触に、喜びのあまり、背筋が震えた。
そのとき、大王の恐ろしい形相が思い浮かんだ。
「もしもこの禁を破ったのなら、悪魔失格、永遠に拷問を受け続ける魂として、地獄界をさまようことになるだろう」
舌先が二股に割れているのを感じて、我に返った。
背筋が寒くなった。
刑事たちに気付かれはしなかっただろうか?
「課長の実績について、僕からも言わせてください」
藤丸は、ラウムの懸念などどこ吹く風で、指先に付いたクリームをぺろりとなめて、しゃべり出した。
稲垣の方も、老人の口元などよく見てはいなかったようだ。
ラウムは、角と眼と、牙の状態をそれとなく確認する。
大丈夫のようだ。
角も生えてなければ、牙も出ていない。
くたびれた老人の姿のままだ。
眼の色まではわからぬが、変化したとしても一瞬のことだったろう。
(これを食っちまえば、最期になってしまうからなア……)
さりげなくフォークを置き、ケーキを視界からよけた。
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