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「課長のここ十年の仕事ぶりというのは、本当に素晴らしいものです。
僕がお世話になったのは半年前からですが、その間にいったい、何人の凶悪犯を検挙に導いたことか。
僕なんかの口から言うのもなんですが、N県の治安と秩序を守るために行った功績において、稲垣課長にかなう人なんて他にはいないでですよ。
実直で指導力もあり、いつも助けてもらっています」
藤丸は大袈裟な身振りを加えて、似たようなことを、表現を変えながら何度も語った。
まるで弱みでも握られているかのように、全部、稲垣を称賛する言葉ばかりだ。
ラウムは鼻で笑いたくなった。
(まったくありきたりのことしか言いやがらない。そんなことは百も承知だぜ)
「たしかに立派な方のようですな。
だが、そればかりでは人間味に欠けた記事になりそうです。
そうですな、逆に稲垣刑事の苦手なものとか、弱点みたいなものがあったら教えていただけませんかな」
「ありません」
藤丸の即答に、一気に頭に血が上ってきた。
「上司の手前ですから、言えんのでしょうな」
こいつは相手にしない方がいい。
そう思って、稲垣の方に視線を向け直す。
「それで稲垣刑事、さっきの話の続きを聞きたいんですが」
「さっきの話とは?」
「十年前の、奥さんが殺された事件のことを聞いてたじゃないですか。
藤丸刑事が、いったいどんなヒントをくれたんですかな?」
瞬間、稲垣と藤丸は視線を合わせた。
逃げるように、稲垣の方が先に目をそらす。
ラウムは違和感を覚えた。
コンビを組んだ同僚同士のアイコンタクトとは違う、どこか不自然な仕草だ。
「黒岩さん、その件に関しては極秘扱いになっています。
まだマスコミに情報を公開すべき段階ではありません。
一報はまずあなたにお願いしますから、記事には絶対取り上げないでください」
藤丸が、申し訳なさそうに答えた。
どういうことだ?
黒岩と契約していたスクープが思わぬところで手に入ったので、とりあえずありがとうございますと頭を下げた。
「ですがね、記事にはまだしませんから、内容を教えてもらないですかな?
もしスクープなら、わしも久し振りなんでね。どの程度のものかぜひ聞かせてください」
げすな質問だったが、刑事たちの口は意外にも軽かった。
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