第3章

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「課長のここ十年の仕事ぶりというのは、本当に素晴らしいものです。  僕がお世話になったのは半年前からですが、その間にいったい、何人の凶悪犯を検挙に導いたことか。  僕なんかの口から言うのもなんですが、N県の治安と秩序を守るために行った功績において、稲垣課長にかなう人なんて他にはいないでですよ。  実直で指導力もあり、いつも助けてもらっています」  藤丸は大袈裟な身振りを加えて、似たようなことを、表現を変えながら何度も語った。  まるで弱みでも握られているかのように、全部、稲垣を称賛する言葉ばかりだ。  ラウムは鼻で笑いたくなった。 (まったくありきたりのことしか言いやがらない。そんなことは百も承知だぜ) 「たしかに立派な方のようですな。  だが、そればかりでは人間味に欠けた記事になりそうです。  そうですな、逆に稲垣刑事の苦手なものとか、弱点みたいなものがあったら教えていただけませんかな」 「ありません」  藤丸の即答に、一気に頭に血が上ってきた。 「上司の手前ですから、言えんのでしょうな」  こいつは相手にしない方がいい。  そう思って、稲垣の方に視線を向け直す。 「それで稲垣刑事、さっきの話の続きを聞きたいんですが」 「さっきの話とは?」 「十年前の、奥さんが殺された事件のことを聞いてたじゃないですか。  藤丸刑事が、いったいどんなヒントをくれたんですかな?」  瞬間、稲垣と藤丸は視線を合わせた。  逃げるように、稲垣の方が先に目をそらす。  ラウムは違和感を覚えた。  コンビを組んだ同僚同士のアイコンタクトとは違う、どこか不自然な仕草だ。 「黒岩さん、その件に関しては極秘扱いになっています。  まだマスコミに情報を公開すべき段階ではありません。  一報はまずあなたにお願いしますから、記事には絶対取り上げないでください」  藤丸が、申し訳なさそうに答えた。  どういうことだ?  黒岩と契約していたスクープが思わぬところで手に入ったので、とりあえずありがとうございますと頭を下げた。 「ですがね、記事にはまだしませんから、内容を教えてもらないですかな?   もしスクープなら、わしも久し振りなんでね。どの程度のものかぜひ聞かせてください」  げすな質問だったが、刑事たちの口は意外にも軽かった。
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