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それから稲垣は、すいません時間です、といって、黒岩を部屋から追い出した。
廊下に出たラウムは、稲垣の台詞を反芻する。
今度の犯人は、警察の中に潜んでいる?
まさか、稲垣は藤丸がその犯人だとでもいうのだろうか?
たしかに、どこか装ったような、芝居がかった感じのする男だった。
だが、詐欺師とか知能犯的犯罪者ならありえそうな気がするが、猟奇犯罪というのはどうだろう?
それに事件当時の十年前といえば、藤丸はまだ高校も卒業してない子供のはずだ。
いや、だからこそそうなのか?
今世紀なって、ますます猟奇殺人者の低年齢層化に拍車がかかったのも事実だった。
(……待てよ、藤丸は昨日、初検挙とかいっていたな。
それなら、まだ署内の留置所にその犯人がいるかもしれねえな)
どうも、稲垣にとっての藤丸という存在が気になった。
ただの上司部下の関係ではないような雰囲気がある。
まさか同性愛ではあるまいが、そこに、稲垣をおとす狙い目があるように感じた。
ラウムは署内を歩き回り、留置所へ下る階段を探して、降りていった。
若い制服警官がそこに待ち構えていた。
うまく口車に乗せてやろうと、ラウムは陽気な声で先制する。
「昨日、逮捕されたという窃盗犯に会いたいんだが」
「ああ、創世期新報さんですね? 聞いていますよ」
「聞いている? ……って誰に?」
意外な返り討ちだ。
「藤丸刑事ですよ、取材なんでしょ?」
藤丸に? どういうことだ?
「藤丸刑事は、俺がここに来ることを知っていたのか?」
「ええ。取材の約束をしたんでしょ。違ったんですか?」
「いや、そうなんだが……まあいいや。
そいつのところに案内してくれ」
警官は、独房の前まで案内してくれた。
檻の向こう側では、狐顔の男が壁にもたれながら、分厚い背表紙で包まれた本を読んでいる。
薄い眉にこけた頬。
下唇から顎にかけては菱形の傷跡が刻まれ、見た目だけならいかにもチンピラといった風情の男だ。
しかし、いま男の瞳には、殺気や威圧感といったものはまったくみられない。むしろ勤勉さと謙虚さとがにじみ出ている。
二人が来たのにも気づかずに、とりつかれたように手に持つ本に熱中している。
他にも何冊か、男の膝元に積まれていた。
離れて置かれてあるのは、もう読み終えた分なのだろう。
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