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「ここにきてから、ずっとああなんですよ。
あれらの本は、藤丸刑事からの差し入れです。
どういう気まぐれなのか、前科十犯の常習犯が、まさか宗教に目覚めるなんてね」
ラウムは、口から心臓が飛び出るかと思った。
離れて置かれた本の中には、新約、旧約両聖典が混ざっており、その他のものもすべて、神やら聖やら光やら、目ざわりな文字が記されたタイトルの本ばかりだったのだ。
牢獄の男が、二人に気づいて顔を上げた。
顔の造形と不気味なほど不釣り合いな、愛想の良い笑顔を浮かべている。
「どうやって、藤丸に口説かれた?」
ラウムは、唸るような声でなんとか質問した。
すると、囚人は嬉しそうにさらに顔を緩めて、
「藤丸刑事のお知り合いの方ですか!
あの方は本当に素晴らしい人です。
俺は今までいろいろと悪さをしてきたが、あの人はそれを全部許してくれると言ってくれたんだ。
今から罪を償って貧しい人達のために働けば、こんな俺でも必ず天国へ行けるって……」
こりゃいけねえ!
最後まで聞かず、ラウムは急いで牢獄の前から離れた。
怒りと不安で、気持ちが昂ぶってくる。
取材は、とたずねる警官に、急用ができたと、荒っぽく答えを返す。
なんてこった!
大股で一階への階段を駆け上がると、待ち構えたように、藤丸が立っていた。
「どうしたんですか? そんなに凶悪な面相をされて」
藤丸は軽やかに微笑んだ。
「貴様、いったいどういうつもりだ! 俺様の邪魔をすんじゃねえ」
ラウムは老体に鞭を打つように激しく息巻いて、藤丸であるものを睨みつけた。
「どういうつもりもなにも、僕は刑事としての勤めを……」
「ふざけるのもたいがいにしろよ。俺にはもう貴様の正体はわかっているんだ。
貴様は天使だろう。
くだらない神の愛とかでこそ泥野郎をだましやがって!
これ以上邪魔をすんじゃねえぞ。
稲垣は俺の獲物なんだからな」
「とんでもない。
稲垣刑事は天界へ昇るべき人です。
君こそ、さっさと手を引いて地獄へ帰りたまえ。
彼にこれ以上の手出しは許さない」
言っている内容とは裏腹な、とても慈愛に満ちた美しい表情だ。そりゃあ女にもてるわな。
ラウムは、歯ぎしりを立てながら藤丸を睨み続ける。
「なぜ、俺が稲垣を狙うことがわかった?」
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