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「この絵を見せるのは君にだけだ」
「長谷川さんには? 」
「見せない」
「なんで。最高のラブレターじゃないか。落とせるかもしれないぜ? 今なら」
「今なら。か。ソレも良いかもしれないな」
香曽我部は絵を紙袋にしまうと、後ろでに手を振り帰っていった。
「なに、敵に塩送ってんだ俺」
店員にじっとみつめられていたので、手にしていたスケッチブックを買い、通いなれたカプセルホテルへと帰った。
M美大彫刻科棟のひとつの窓が夜遅くまで明かりがついていた。講師が一人残っているのだ。
駐車場に向かおうとした香曽我部が明かりに気づき、思い返したように、また建物の中へと入って行った。
コンコン――
「はい」
扉を開ければ案の定、長谷川がひとりパソコンに向かい黙々と作業していた。
「ずいぶん遅くまで頑張るね。徹君」
「香曽我部先生、なんの御用でしょうか」
「差し入れをね、はい。カフェオレ。いつも飲んでるでしょ」
「あぁ、買ってきてくださったんですか。ありがとうございます。でもなんで」
「ちょっと。話をしたくて」
「話? 」
「話を聞きたくて、かな」
「なんのです? 」
「彼のこと…どうするの? 」
「何で知って」
「彼に会ったよ」
「何処で!?」
「まぁそれは彼のために言わないでおくよ」
「…元気でしたか」
「まぁ…今のキミくらいは」
「そう…ですか」
長谷川はパソコンの画面に視線を戻す。視線は下がり自分の手元を見ていた。
ぽろり。
涙が零れ落ちた。
「徹君…」
ぽろり。
また零れ落ちる。
香曽我部はゆっくりと近づくと、長谷川の後ろから長い腕をまわした。
「やさしく…しないで…ください」
ゆっくりと頭を撫でてやるとこみあげる涙は数え切れなくなる。
「思い切り泣けば良い。どうせ誰も居ない」
「うっ…ぁ…」
声を殺して泣く長谷川がずいぶん痩せていることに香曽我部は驚いた。
「ちゃんと食べてるの? 徹君こんなに痩せて」
細くなった二の腕をさすって優しく抱きしめてやる。そんな香曽我部の腕にも長谷川の涙が零れる。
「やさし…く…しな…い…で」
好きな相手に辛そうにそんなことを言われて優しくしない男はいない。
「バカだな…全部僕のせいにしておけばよかったのに」
「だっ…て…あ、あれ…は」
「ん? 」
「あれは…俺の…意思でした…から」
「違うよ。キミは僕に上手く弄ばれただけ、悪いのは、僕」
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