第1章

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「ちが…う」 「何で? 」 「だって…いま…やさしくされて…いやじゃ…ない…から」 「ホントだ、彼の言うとおり、今なら落とせそうだね」 「え? 」 「ねぇ。キスしてもいい? 」 「…だめ…です」 「いいよね? 」 「…や…だ」 「じゃあ、なんで逃げないの? 期待してるんじゃないの? 」 「こうそかべ…さ」 ちゅ。 右の頬に軽く乾いたキスが優しく落とされた。 「涙。止まったみたいだね」 「あ…」 ゆっくりと長谷川を腕の中から解放する。淋しげな眼差しで見上げてくる長谷川に胸を打たれたが、弱った獲物を仕留めるのは趣味じゃない。 「そのペンダント。その目で睨まれたら、これ以上手が出せない」 「貴…弘」 長谷川が胸元にあるグレイの瞳を優しく握る。 「キミは僕に惹かれてる。それは僕も感じてるよ。でも、もし僕が他の大学の講師になって、会えない暮らしになったとしても。徹君はこんなに弱くなったりしないよね、いつもの日常がおくれないほどにはならないよね」 「………」 「今日、キミを寝取るだけなら簡単だ。でも心は絶対彼から離れないだろう? 」 「香曽我部さん…」 「僕はキミの身も心も欲しいんだ。でも、かなわないのなら、輝いていて欲しいんだ。キミが幸せなら誰かの恋人でも構わない。そんなキミをまた描きたい」 長谷川の心の中に温かい何かがじわりと染みた。 「俺は…輝いてなんか」 「輝いてたよ。彼に愛されていたキミは」 「愛されてた…過去形ですよね、やっぱり」 「今の彼の気持ちは、自分で確かめたら? 」 「香曽我部さん」 「うん? 」 「なんで俺に優しくしてくれるんですか」 「単純に…好きだから」 「奪おうとは思わないんですか」 「思ってるよ。隙有らば、ね」 「いま。隙だらけですけど」 「…もしかして。誘われてるのかな? 僕は」 「そんなつもりじゃ」 「そんな色っぽい顔して。他にどんなつもりなの」 「え…」 「さっきので、スイッチ入っちゃった? 」 「いや…あの…」 長谷川の顔がみるみる赤くなっていく。 「僕のこと。好き? 徹君」 「それは…だから…」 好きだから困っているのに、と言葉を濁す。 「ウチに来るかい? 」 「え? 」 「前にも言ったことがあったよね。二番目でも、一度きりでも構わないって」 どうせ手に入らないのなら、それでもいいと香曽我部には思えた。 「そんなことしたら…」
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