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「ちが…う」
「何で? 」
「だって…いま…やさしくされて…いやじゃ…ない…から」
「ホントだ、彼の言うとおり、今なら落とせそうだね」
「え? 」
「ねぇ。キスしてもいい? 」
「…だめ…です」
「いいよね? 」
「…や…だ」
「じゃあ、なんで逃げないの? 期待してるんじゃないの? 」
「こうそかべ…さ」
ちゅ。
右の頬に軽く乾いたキスが優しく落とされた。
「涙。止まったみたいだね」
「あ…」
ゆっくりと長谷川を腕の中から解放する。淋しげな眼差しで見上げてくる長谷川に胸を打たれたが、弱った獲物を仕留めるのは趣味じゃない。
「そのペンダント。その目で睨まれたら、これ以上手が出せない」
「貴…弘」
長谷川が胸元にあるグレイの瞳を優しく握る。
「キミは僕に惹かれてる。それは僕も感じてるよ。でも、もし僕が他の大学の講師になって、会えない暮らしになったとしても。徹君はこんなに弱くなったりしないよね、いつもの日常がおくれないほどにはならないよね」
「………」
「今日、キミを寝取るだけなら簡単だ。でも心は絶対彼から離れないだろう? 」
「香曽我部さん…」
「僕はキミの身も心も欲しいんだ。でも、かなわないのなら、輝いていて欲しいんだ。キミが幸せなら誰かの恋人でも構わない。そんなキミをまた描きたい」
長谷川の心の中に温かい何かがじわりと染みた。
「俺は…輝いてなんか」
「輝いてたよ。彼に愛されていたキミは」
「愛されてた…過去形ですよね、やっぱり」
「今の彼の気持ちは、自分で確かめたら? 」
「香曽我部さん」
「うん? 」
「なんで俺に優しくしてくれるんですか」
「単純に…好きだから」
「奪おうとは思わないんですか」
「思ってるよ。隙有らば、ね」
「いま。隙だらけですけど」
「…もしかして。誘われてるのかな? 僕は」
「そんなつもりじゃ」
「そんな色っぽい顔して。他にどんなつもりなの」
「え…」
「さっきので、スイッチ入っちゃった? 」
「いや…あの…」
長谷川の顔がみるみる赤くなっていく。
「僕のこと。好き? 徹君」
「それは…だから…」
好きだから困っているのに、と言葉を濁す。
「ウチに来るかい? 」
「え? 」
「前にも言ったことがあったよね。二番目でも、一度きりでも構わないって」
どうせ手に入らないのなら、それでもいいと香曽我部には思えた。
「そんなことしたら…」
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