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「そんな泣きそうな顔しないで、ほら、おいで」
無理強いはしない。という言葉の意味を汲み取る。
おいで。と言われてなぜか体が香曽我部のそばに歩み寄ってしまう。ダメなのに、体を預けてはいけない相手なのに。心と体が相反していて長谷川は混乱した。
そして助けを求めるように香曽我部の胸にすがりついてしまった。
「やっと捕まえた」
香曽我部がコワレモノを扱うように優しく腕をまわす。
一瞬強張った長谷川の体が、ほうっと息を吐いて弛緩する。緊張している自分を必死に落ち着かせていた。
「怖がらないで。やさしくする。彼の代役でいいから」
長谷川が体から搾り出すような声で言った。
「だ…抱いて…ください」
「徹君」
香曽我部は抱きしめた腕の力を無意識に強めていた。長身の男にぎゅっと力強く抱擁され、長谷川はその懐かしい感覚に酔いしれた。
貴弘――。
心の中で呼んでみる。
馴染み深い、五年も付き合っているのに未だに苗字で呼んでくる恋人の声が、耳の奥で聞こえた気がした。
「シャワーを浴びておいで、バスルームはこっち」
香曽我部に促され、長谷川は脱衣所へと入る、じゃ、とドアを閉められ、知らない空間に一人ぼっちになってしまった。
鏡に映る痩せこけた自分。
ふとグレイの瞳と目が合った。ペンダントトップの瞳はひとつしかないけれど、容易に恋人の双眸を思い出させた。
「貴弘…」
また涙が溢れてきた。
会いたい。恋人に会いたい。あの逞しい腕に抱かれて全てを奪いつくされたい。
長谷川はバスルームを飛び出した。
M美大に行こうと決めたのは、久々に自宅に戻って来たときの部屋の有様を見たからだ。
いつもきっちり片付いていた部屋が、服は脱ぎっぱなし、洗濯物は干しっぱなし、おまけに冷蔵庫はほとんど空で、ちゃんと食生活を送っているようには見えなかった。
もう夜遅くだったがとりあえず迎えに行かなくてはと、何かに駆り立てられるように電車にのった。長谷川さんとすれ違ってしまったら、帰りはタクシーになるだろうが、そんなことはどうでも良かった。
長谷川さんに会いたい。
そしてまた一緒に暮らしたい。
俺に彼が必要なように、彼にも俺が必要なんだとわかったから。
そう思って大学につくと、やはり長谷川さんの部屋だけが明かりがついている。
ホッとため息をついて校舎に近づくと、パッとその明かりが消えた。
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