第1章

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(ちょうど帰るところか。良かった) 長谷川さんのバイクが止めてある駐車場まで歩いていく途中、話し声が聞こえてきた。 長谷川さんと…あの男だ。 「ちょっと遠いけど、なんなら助手席で寝てて」 「平気です」 出入り口の陰に隠れて二人を見送る、どうやらあの男の車でどこかへ行くらしい。 (長谷川さん…? そいつを選んだってこと…? ) でもラブラブな雰囲気は出ていない。長谷川さんの様子もどこかおかしい。 俺は駐車場出口に先回りしてタクシーを待たせた。都心は終電がなくなる頃合が一番タクシーの稼ぎ時だ。ありがたく、すぐつかまった。 「あの、いま出てきた白い車の後をついて行ってください」 タクシーの運転手がチラリと俺の顔を見た。 「知り合いなんです。あのスポーツカー二人乗りだから俺乗れなくて。タクシーでついて来いって言われて」 「はい、じゃ、あの白いポルシェね」 (ポルシェ…なんか。やなヤツ) 車にうといため分からなかったが、ポルシェなら誰だって高級スポーツカーとして認識している。独身貴族を満喫しているといっても、美大の講師がそんなに高給取りだとは思えない。きっと実家が金持ちか、副業をやってるかだ。 (あいつの場合、どっちもって感じするけど) 道路がすいていたため、20分ほどでポルシェはマンションの地下駐車場に消えた。 俺はタクシーの料金を払い。タクシーが立ち去ると春の夜の空気をめいっぱい吸い込んだ。 はー。と、息を吐いて考える。 アイツの自宅に長谷川さんが自分の意思で来たんだ。俺に邪魔する権利はない。 かといって帰ることもできない。いてもたってもいられない。でも、どうすることもできない。 「長谷川さん…本気なの? 」 マンションを見上げながらふたりの姿が最上階の角部屋に消えた気配を感じ取る。パタンと閉められたドアの音にどうしようもなく胸が締め付けられた。 (もう、終わりなのか、俺たち) 近くを流れる川の音だけが、時間の経過を刻々と告げていた。 「徹君!? 」 「すみませんっ。俺、帰ります」 持ってきた荷物などなにもない。長谷川は薄いダウンのベストを羽織り、早足で玄関へ向かった。 「ちょっと、待って。送るから」 「いえ。大丈夫です。すみませんでしたっ」
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