第1章

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長谷川は香曽我部の顔を見ることが出来なかった、自分の曖昧な気持ちでひとの好意を踏みにじってしまった。香曽我部が止めるのも聞かず玄関を飛び出し、ちょうど来ていたエレベーターに乗り込む。 一階に出てロビーを抜ける。オートロックで後戻りできないのは承知の上だ。 外に出て真っ先に目に入ったのは朧月だった。生暖かいような春の夜の空気。 「はせ…がわ…さん? 」 「貴弘!? なんで、ここに…」 「なんでじゃないっ。なにその痩せた体。頬までこけちゃって。なんでそんなになるまで我慢するんだよ、俺が必要なら呼べばいいじゃんっ」 「だってオマエ選べって言ったから…」 「で…選んでココに来たわけ? 」 「違う。そう思われても仕方ないけど。俺はオマエに会いたかった」 ぽろり。月明かりを反射して長谷川さんの涙が零れ落ちた。 「なんで、飛び出してきたの」 「オマエのこと思い出して。そしたらもうダメで。いてもたってもいられなくて。…オマエに会いたくて」 「俺も…会いたかった。すごく」 ただじっとみつめあう。何も言葉がいらないみたいに。 「長谷川さん…。帰ろう? 俺たちの家に」 ふたりの有り金を足して、ようやく自宅までのタクシー代が払えた。 「久しぶりだね、ふたりで帰るの」 「うん。そうだな…ごめん。部屋散らかってるけど」 「明日週末だから、ちゃちゃっと片付けちゃおう」 俺はソファに脱ぎ捨てられた服たちを拾い集めながら言った。 服を洗濯かごに入れてリビングに帰ってくると、真剣な面持ちで長谷川さんが口を開く。 「俺。オマエなしじゃ生きていけない」 「うん」 俺も真剣に受け止める。 「オマエがいないと俺は普通でいられない」 「うん」 「あの人のことは恋人としてはみられないってことがわかった。本当にアーティストとしてのファンなんだ。俺が、恋心があるみたいな錯覚をしていただけなんだ」 「うん、わかった」 「俺は、貴弘じゃなきゃダメなんだ。…どうしようもなく…好きなんだ…」 「ありがとう。俺も、好きだよ、長谷川さん。…ホントに、どうしようもなく」 真摯な眼差しでみつめあう。 初めての告白を思い出すような感覚だった。 「貴弘…目が…」 長谷川さんが嬉しそうに微笑んだ。きっと緊張から瞳の色が薄く変化したのだろう。 俺は長谷川さんが胸に下げている瞳を見た。 「その魔よけ。役に立った? 」
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