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「じゃあキス? 触られたりもした? あれから何ヶ月もたっててその間に俺たち数え切れないくらいヤってるのに、忘れられない? プラトニック? うそなんじゃない? 本当は最後までしたかったんでしょ」
「ちが…う。そういう意味じゃなくて。俺、自分からキス…しちゃったから、その罪悪感が」
「ちょっ、………自分から? 」
耳を疑った。長谷川さんが、あの長谷川さんが、俺以外のヤツに自分からキスしたなんて夢にも思っていなかった。
「…アイツのこと。結構ホンキなワケだ。そりゃ口説かれても悪い気しないよね」
「ちがうっ」
「何が違って自分からキスできるんだよ。キスする理由を教えてよ」
「………ごめん」
俺はこれみよがしに舌打ちしてその場を離れた。
数日分の着替えをまとめ、家を出る準備をする。
「しばらく帰らない」
「どこいくんだよ」
「男一人泊まれるとこなんていくらでもあるでしょ」
「行くなよ。貴弘」
「いまの長谷川さんとは一緒に暮らせない」
「そんな…どうしたら」
「選べば? アイツか、俺か」
「もうとっくに選んでる」
「俺は長谷川さんの一部でも誰かに持っていかれてるなんて許せないね」
「大げさだよ」
「大げさ? 自分から他の男にキスしといて? そんな恋人と一緒に暮らせってーの? キスっていったってどうせ軽いやつじゃないんだろ? 」
「………ごめん」
「悪いけど、許せない。……じゃ、元気で」
首に掛けているリング。二人にとっては結婚指輪を置いていこうか迷ったあげく、気付かぬ振りしてそのまま家を出た。
長谷川さんは追っては来なかった。
いつもそうだ。追うのは俺で、彼は追ってきてはくれない。
胸元のリングを服の上から握り締める。これは別れの序章ではないと言い聞かせながら、俺は家から徒歩二分の地下鉄の階段を駆け下りていった。
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