第1章

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朝食の間中、菜月は落ち着きがなかった。 俺たちのただならぬ雰囲気を察していたのかもしれない。食後に俺が話を切り出すと、とたんに怯える目をした。 そう、俺はこれから彼女に計り知れない恐怖をあたえることになる。そう思うと、胸が苦しくなった。 しかし、彼女は本能でそこから脱する術を見出した。 学校に行きたいという彼女を止めるわけにはいかない。俺もできるだけ先延ばしにしたかったのだと思う。 だけど、彼女に得体の知れない恐怖心を抱かせたまま、今日一日を送らせるわけにはいかないと思い、俺は彼女を見送りに行った。 菜月は俺を見て、所在無げな困った顔をした。いつもはうれしそうな顔を向けてくれるのに。 俺は自己嫌悪に陥り、ついには彼女を抱きしめていた。 ほんの少しでも菜月の恐怖を取り除きたい。彼女に告げなければならない事実は、否応なしに菜月を震え上がらせることになるだろう。だけど、今だけでも、彼女の心を安らかにしたい。 俺は森野の前だというのに、恥ずかしげもなく、菜月を抱きしめ続けていた。 このとき、俺が菜月を離さずにいれば良かったのだ。彼女は昨日の朝まで、確かにこの手の中にいたというのに。悔やんでも悔やみきれない思いが、俺をさいなませた。 今、菜月はどうしているだろう。 傷つけられる恐れは少ないとしても、変なことはされていないだろうか。 ちゃんとご飯は食べているだろうか。大食漢の菜月のことだ。出されたものはきっとなんでも食べているに違いない。 そう考えて、ふっと笑みがこぼれた。 菜月は本当においしそうに食事をする。出されればいくらでも食べてしまうのではないだろうか。 今は抱きしめれば壊れそうなくらいに細身だけど、おばちゃんになったら、だいぶ恰幅がよくなるに違いない。 くっくと思わず笑った。 そして、手には菜月を抱きしめたときの感触が蘇る。俺の腕の中にすっぽりと入ってしまうほど小さくてやわらかい菜月の感触が。 そのあたたかみを思い返しているうちに、俺はいつしか眠りへと落ちていった。
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