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あの日、森野からの連絡で、鷹司家は騒然とした。
「菜月さまがお車にいらっしゃらないので、校内を探しております。
理事長に協力を仰いでおりますが、もし万が一のことがあればと思い早急にご連絡いたしました。何かわかり次第、すぐにご連絡いたします」
その声音は緊急事態を示していた。
昨日の今日だから、誰もが恐れていた事態を想像した。
しかし、それとは別に、俺は今朝の不安げな菜月の顔を思い出し、もう一つの考えが頭をよぎった。
「智樹、どうしたの?」
家元の外出の準備を急いでしていた母親が、動きの遅い俺を見つけて聞いたので、俺はなさけない顔をしながらつぶやいた。
「結婚が嫌になって家出したんじゃ……」
それを聞き、母親は大げさにため息をつき言った。
「智樹。あなた以前、菜月さんの登校の電車内が護衛担当だったわよね」
「あ、うん」
何を今さら言っているのかと俺はいぶかった。
菜月が危険にさらされるようになったこの10年もの間、正気道会を上げて、彼女の護衛シフトを組んでいた。
母親はやれやれという顔をした。
「菜月さん、あなたに気がついていたのよ」
「え……?」
「もちろん、護衛だなんてことは知らなかったでしょうけど、一度だけ話したことがあったんでしょ。そのときから、菜月さん、あなたのことが気になっていたんですって」
「……うそ」
俺はそのときを思い起こした。
一度だけだ。俺もよく覚えている。
電車が大きく揺れて、倒れかかった菜月を、俺は抱きかかえた。あのときのやわらかい感触は今もこの手に残っている。
だけど、それだけだ。
それなのに、彼女はそれ以降も俺のことを見ていたというのか。
「本当よ。あなたには内緒って言って話してくれたんだから。あなた、菜月さんが仕方なく嫁いできたってまだ思っていたの?本当に、あなたも家元並みに鈍感ね。
菜月さんは智樹のことが好きなの。大好きなの。最近じゃあ、はたから見ていてもよくわかったわよ」
母親の攻撃に俺は打ちのめされていた。
この人は家元もかなわないほどの強い人なんだ。
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