第1章

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あの日、森野からの連絡で、鷹司家は騒然とした。 「菜月さまがお車にいらっしゃらないので、校内を探しております。 理事長に協力を仰いでおりますが、もし万が一のことがあればと思い早急にご連絡いたしました。何かわかり次第、すぐにご連絡いたします」 その声音は緊急事態を示していた。 昨日の今日だから、誰もが恐れていた事態を想像した。 しかし、それとは別に、俺は今朝の不安げな菜月の顔を思い出し、もう一つの考えが頭をよぎった。 「智樹、どうしたの?」 家元の外出の準備を急いでしていた母親が、動きの遅い俺を見つけて聞いたので、俺はなさけない顔をしながらつぶやいた。 「結婚が嫌になって家出したんじゃ……」 それを聞き、母親は大げさにため息をつき言った。 「智樹。あなた以前、菜月さんの登校の電車内が護衛担当だったわよね」 「あ、うん」 何を今さら言っているのかと俺はいぶかった。 菜月が危険にさらされるようになったこの10年もの間、正気道会を上げて、彼女の護衛シフトを組んでいた。 母親はやれやれという顔をした。 「菜月さん、あなたに気がついていたのよ」 「え……?」 「もちろん、護衛だなんてことは知らなかったでしょうけど、一度だけ話したことがあったんでしょ。そのときから、菜月さん、あなたのことが気になっていたんですって」 「……うそ」 俺はそのときを思い起こした。 一度だけだ。俺もよく覚えている。 電車が大きく揺れて、倒れかかった菜月を、俺は抱きかかえた。あのときのやわらかい感触は今もこの手に残っている。 だけど、それだけだ。 それなのに、彼女はそれ以降も俺のことを見ていたというのか。 「本当よ。あなたには内緒って言って話してくれたんだから。あなた、菜月さんが仕方なく嫁いできたってまだ思っていたの?本当に、あなたも家元並みに鈍感ね。 菜月さんは智樹のことが好きなの。大好きなの。最近じゃあ、はたから見ていてもよくわかったわよ」 母親の攻撃に俺は打ちのめされていた。 この人は家元もかなわないほどの強い人なんだ。
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