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じゃあ、あの菜月の笑顔は、素直に受け止めて良かったのか。
見ず知らずの男の嫁にいきなりさせられて、他に選択肢のない中で菜月は仕方なく受け入れたのだと思っていた。
それでもけなげに妻としてがんばろうとしている菜月に、俺は申し訳ない気持ちでいっぱいだったというのに。
「菜月さんから話を聞いて、井上がこの結婚話に妙に乗り気だったのがよくわかったわ。知っていたのよ、菜月さんの想いを。
だから、智樹の突拍子もない結婚話にのったのね。
いくら智樹が菜月さんのことをずっと好きだったって知っていたとしても、自分のかわいい娘の意志に関係なく結婚させようとはしないでしょうからね」
はっきりと言われて赤面した俺を残し、「あなたも急ぎなさい」と母親は去って行った。
そう、俺はずっと菜月のことが、好きだったんだ。
小さい頃、俺たちはよく一緒に遊んだ。というよりも、小学生の俺が幼稚園児だった菜月と遊んでやっていたんだけど。
でも、10年前の事件のショックで、菜月はそれまでの記憶を一切無くしてしまった。俺との思い出も菜月には無い。
その事件後、菜月は正気道会にとって要注意人物となってしまった。
俺はそんな正気道会の方針に反抗したのだ。そんな会の跡を継がなければいけないこの身を恨んだ。
だから、書庫で一心不乱に本を読み漁り、打開策を見出して家元と菜月の父親にそれを告げた。
説得の末、正気道会の方針転換で菜月が今度は護衛対象となったあとも俺はずっと見ていた。見守っていた。
徐々に成長していく菜月。
友達と楽しそうに話す菜月。
バスや電車で躊躇せず老人に席を譲る菜月。
中学生の菜月が同級生に告られるのを見たとき、俺は激しく動揺した。そのあとで、相手に申し訳なさそうに断る菜月を見て、胸をおおいになでおろしたのだ。
そして、俺はやっと自分の気持ちに気が付いた。
だけど、護衛していることを菜月に知られてはいけない。そのための近づけないもどかしさがつのっていった。
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