二月十六日

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* 好きになった理由なんてもう分からない。彼女と時を過ごしてもう十年以上も経つのだから当たり前だ。彼女のことなら他の誰よりも知っている自信がある。小さい頃から隣にいたのだから当たり前だ。彼女の嫌なところも弱さも勿論、知っている。彼女は可愛らしい見た目に反してかなり頑固で我が儘なのだ。並大抵の男では叶えられない、受け止められない無理難題を平気で要求してくる。それに加え、とても短気で気が強くてすぐに手が出る。 安西凛は坂口瑞木(さかぐちみずき)と向かい合っていた。ガチガチに緊張していることが後ろ姿でも分かる。俺は少し離れたところから二人の姿を見守る。途切れ途切れの息を手繰り寄せるように整え、ぼんやりとする思考で逃げなかったんだと思う。一年の頃は渡せなかったと泣きついてきた。二年の頃は渡せなかったと諦めた笑顔を向けてきた。三年の今、彼女はやっと好きな人にチョコを渡そうとしていた。 その光景は思った以上に胸を抉る。例えば、彼女を纏う緊張と決死のが入り雑じった雰囲気とか。例えば、普段は自信満々な声が弱気にも震えているとことか。俯かれた頭とか震えている肩とか脚とか。全身全霊で大好きだと伝えているその姿は、ずっと隣にいた俺にも見たことがないもので。 (……坂口がチョコを受け取ったら) チョコを用意していた前日の彼女の笑顔が甦る。 チョコまみれで、可愛いとは思えなかったけど。 (……告白をOKしたら) ラッピングをしてたあいつの真剣な表情が浮かぶ。 ちょっかいを出したらかなり怒ってたなと思い返す。 (……あいつは、もう俺の隣には、いないんだな) あの笑顔もあの怒り顔も呆れ顔も泣き顔も、あの表情も、全部俺の側から離れていって、最後には何も無くなってしまうのだろうか? 今まで想いを伝えることを拒んでいたのは失うのが怖いから。触れなきゃ分からないこの想いは触れられた途端に壊れて失われてしまう、そんな脆いものだから。だから、きっと。俺も、道重も、彼女も、大事に大事にしまいこんで、最後の最後まで口にすることは無かったのだろう。
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