第1章 ある雨の日のこと

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いつもの通学路の半分ほどを過ぎた頃だろうか、雨がポツポツと降り始めてきた。 空はやはりどんよりと暗い色をしており、これから雨が強くなることが容易に予測できた。 「はぁ…。雨って好きじゃないのになぁ」 そう空斗は言いながら、カバンから傘を取り出し開く。 そこから雨はどんどん強くなりはじめ、空斗の靴やズボンが少し湿り気をおびてくる。 「雨が降るとこれがあるから嫌なんだよ…」 交差点で信号につかまり、少しイラついた声音でつぶやいた空斗は、急になにやら不思議な感覚に襲われる。 無重力空間にいるようなフワッとした感覚。 もちろん一度も宇宙に行ったことのない空斗にはこの例えはおかしいかもしれないが、これが一番的を得た例えだと思えた。 「(な、なんだこれ!)」 体験したことのない初めての感覚に気が動転し、思考がまとまらずアタフタする空斗。 しかし、空斗の視界のなかに映る空斗以外の通行人は、特に空斗を意識しているわけでもなくいつも通りに歩きそれぞれの目的にしたがって行動している。 空斗"だけ"この"非日常"のなかにいる。 「(なんだよこれ…!なんなんだよコレ!)」 どんどん無重力のような浮遊感は強くなり、強くなるにつれて空斗の意識も朦朧とする。 この時 空斗の思考では、自分は何かの病気を発症したのではないか、と科学的な事を考えてみたが、この前の学校での健康診断で異常は発見されてはいなかった。 そこまで思考して、空斗の意識と視界は完全に……落ちた。 信号待ちをしていた通行人達は、なぜかそこに置いてある開いたままの折り畳み傘を邪魔そうに避けながら、日々の生活を続ける。 まるで同じ場所で信号待ちをしていた空斗の存在を知らない…無かったことのようにして。
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