第1章

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書庫の重い扉を開けて中に入り、立ち並んだ本棚の前を行ったりきたりして、ある冊子を探した。 「あった、これだ」 抜き出して手に取ったそれは、正気道会の登録名簿だった。 ぱらぱらとめくり、探していた名前を見つけた。 東条隆正。 現住所や生年月日などの基本情報に加えて、本籍地が記載されている。 「長野県か……」 長野支部で入会し、大学進学を機に本部へ移籍している。 俺は名簿を棚に戻して部屋に戻り、電話を手に取った。かけた先は長野支部だ。 「ああ、本部の智樹ですけど、支部長の澤田さんはいますか」 ほどなくして、澤田さんがいつもの快活な口調で、電話に出た。 「智樹さん。おひさしぶりです。どうしましたか?」 本部の騒動はまだ支部には伝えていないため、明るい口調だ。若いとはいっても俺より年上なのに、この澤田さんは律儀に敬語を使う。実直な人柄が表れているのだろう。 「お忙しいところすみません。ちょっと、お伺いしたいことがあって」 「おや、めずらしいですね。智樹さんのお役にたてることならなんでも聞いてください」 明るくそう答える。昨日からの切羽詰った緊張感が和らいだ。 「東条隆正さんについて、なんでもいいので教えていただけますか?」 「東条さん、ですか」 それから、少し間ができた。 どうして聞くのか、疑問を持ったのだろう。 説明しづらいので俺が黙っていると、澤田さんは何も聞かずに答えてくれた。 「彼は私より3つほど年上でして、私が小学生で入会したときには、もう道場にいましたね。なんでも、ご両親は相次いで病気で亡くなったとかで、今はもう長野の実家は処分しているはずです」 「そうですか」 すると長野は無関係か、と肩を落としていると、澤田さんが続けた。 「確か、遺産がそこそこあるとかで、うらやましいことに軽井沢のほうに別荘を持っているという話を聞いたことがあります。今も所有しているかは分かりませんが……」 「別荘、ですか……」 今はどんな手がかりでも欲しい。俺は必死になっていた。
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