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「これは……」
菜月の目に触れないようにと書庫から抜き出していた本が数冊あった。
部屋にそのまま置いていたため、菜月が俺の部屋にきたときに、中までは見られていないが、見つかってしまったことがある。
その本の中の一つにこの紋章がくっきりと描かれている。
「竜神の会の紋章……」
竜が描かれたその図は、俺の背筋をぞくりと震わせた。
「やはり、そうだったのか。東条先生が……」
担任ではなかったが、授業を受け持っていた温和な先生。
気道会館にも鍛錬にまじめに通い、正気道会の中でも信頼の厚い人物であった。
だからこそ、菜月を託したというのに。
俺は悔しさで拳を握り、竜の紋章をにらみつけた。
その紋章が描かれた本の中には、正気道会と常に敵対してきた竜神の会についてと、これまでの争いの経緯が詳しく書かれている。
負の力を持つものを神としてあがめる竜神の会。
人の命をその力とし、己の偏った正義で人を裁き、それを正当化してきた負の力の使い手。
正気道会はいつの世も、彼らからその神を命がけで奪い、抹殺してきた。
俺はそんな正気道会の責務を幼くして教えられ、それ以来鍛錬を拒否していた。
いくら悪い奴を倒すためとはいえ、人を殺すことがいいことだとは決して思えなかった。
そんな正気道会の跡取りであることを呪った。
そんなときに、菜月が負の力の使い手であることが判明してしまった。
妹のように、家族のように温かい関係だったのが、一転して、抹殺対象の少女となってしまった。
毎晩のように、正気道会の中で、菜月の命を奪う計画が練られていた。
それは幼い俺にとって、まるで悪魔の会合のようにも見え、とても恐ろしいものだった。
あとになって知ったが、家元たちもこの事態に戸惑っていたのだという。
300年以上も現れなかった負の力。
親父も自分の代で出現してしまったことや、右腕でもあった井上の娘ということで眠れぬ夜を過ごしたと聞く。
井上自身も、妻を失い、今また娘までも自分たちの手でその命を奪わなければいけない事態に、とても冷静ではいられなかったに違いない。
それでも、記憶を失い茫然自失となった娘をかかえて、自ら進んで菜月とともに鷹司家に軟禁状態となっていた。
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