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「いえ、羽柴理事長。高校時代からの旧友としても線引きは必要でしょう?あまり、教師と理事長が近すぎてはいけませんから。何より、今はプライベートではありませんので」
怜は透の顔が見れない。
わざと視線を床に落としてしまう。
いま目が合えば、どんなことを言ってしまうか怜自身もわからなかった。
あんな、あんな顔するなんて卑怯だ。
どんなに冷静になろうとしても、目の前に透が居ると思うだけでとてもじゃないが冷静ではいられない。
声も硬くなってしまう。
ドキン、ドキンと心臓の音が聞こえているんじゃないかと思う程に怜の中で響き渡る。
「分かってる。だが、それでも怜の事に関しては、仕事場に私情を挟んでしまう」
怜が座っている椅子の後ろの机に手を置いた。
怜が顔を上げれば透との距離が近いのが分かった。
それを感じ取って、怜はますます顔を下に下げることしか出来ないでいた。
近い、近い。
まるで透の腕から逃げられないかのような錯覚に陥る。
出来ることならずっと逃げられないようにして欲しいとまで思う。
「怜、顔を上げて」
甘い痺れるような声で言う。
耳元で囁くかのように言う。
ああ、やめてくれ。
俺はそれに対して抵抗する術をまだ持っていないんだ。
透の声に誘われるかのように、ゆっくりと顔を上げる。
顔を上げれば自然と絡まる視線。
熱い、視線。
いつも、いつもこんな風に俺を見つめていた。
まだ、別れて1日しか経っていないのに、もう寂しい。
自分から別れを切り出したのに、離れないでくれと縋り付きたくなった。
透は優しい手付きで、怜の前髪を払う。
よりクリアになった視界で見た透は今までに見た透とは違って見えた。
辛そうな、でも熱い眼差しで見てくる透は今までで1番人間味があり、その美貌を増長させていた。
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