1897人が本棚に入れています
本棚に追加
でもそれは、あまりにも、安易な考えであり、諸刃の剣でもあった
修一が俺の所に来てくれるのは、親友だからだ。この信頼を、俺は捨て切れなかった。修一と付き合いたいと思う反面、修一にとって、誰よりも安心出来る存在になりたいと願った
結局諦める事も出来ないまま、想いを告げる事も出来ないまま、俺は
「…………しま、上島」
大学生になった今でも、修一に囚われてーー
「おい上島っ……!」
「……っ……!?う……あ、えっと……遅かったな、夏富」
「お前な、何度も呼んだんだぞ」
「……悪い。ぼーっとしてた」
突然、頭に鈍い衝撃が走った。硬い、何か。例えるならそう、辞書の類の、角っこ
その衝撃は俺を現実に引き戻すいい引き金だった。まるで耳栓を取った時みたいに、集中により遮断されていた周りの雑踏や話し声が、一気に耳へと押し寄せる
俺は頭を摩りながら後ろを振り返れば、器用にも右手に両手に料理の乗った学食のトレー、左手に俺の頭を襲ったであろう辞書を持ち、呆れた様な表情を見せる友人が立っていた
大学からの友人、夏富 逸(なつとみ すぐる)の姿を捉えるのと同時に、俺はここが学食だった事を思い出す
ああ、しまったな、と一瞬息を詰まらせつつ、俺はいきなり攻撃してきた夏富を睨んでやった
今日は夏富と昼食の約束をしており、俺は窓際の席を確保して夏富を待っていた。夏富がやって来るまでの15分程の間で、俺はどうやら過去に意識を持っていかれていたらしい
こんな所でぼーっとするなんて、何とも恥ずかしい話だ
夏富は俺が強い視線を送った所で一切気にした様子もなく、テーブルを挟んで俺の向かい側に座った
眼鏡のフレームの中心部を右手の人差し指で押し上げて、目の前に居る夏富が少しだけ首を横に傾ける。その仕草と同時に、短めの黒髪がさらりと揺れた
「……考え事か?」
「あー、いや、ちょっと昔の事を思い出してた」
「そうか」
事実、特になんという事はない、昔の事を思い出していただけだ。長年付き合ってきた感情だから、今更考え事というレベルでもない
そう、考えるだけ、恐らく無駄だ
俺が何でもないと笑顔を見せれば、夏富はそうかと言って何事も無かった様にトレーの上に置かれた箸に手を伸ばした。俺の返答に、少なからず納得したんだろう
深入りしてこないあたりが、夏富らしい
最初のコメントを投稿しよう!