【4】

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風呂場から出て、脱衣所で鏡を覗き込む。ああ、良かった。この顔なら、夏富の前に出ても大丈夫だろう 泣いた跡も付いてはいないし、これならば、きっと明日になっても目の周りは腫れない筈だ 先程まで憔悴してた顔に、薄っすらと正気が戻っている。泣いて、少しだけすっきりした気がした。多分、ここが家だったらもっと泣いてたと思う 泣いて、考えて、落ち込んで、自己嫌悪して 正気じゃ居られなかった あの、修一が居た形跡が残る家に帰るなんて、到底無理な話だった 泊まりに来るからって着替えを沢山持ち込まれた。歯ブラシだって、洗面所に二つある あいつ専用の食器を内緒で買ってきて、それをあいつが使う度に喜んで。そんな部屋に、帰れる訳なかった だから夏富が泊めてくれて、内心ホッとしてる。一人だと、俺の心は壊れてた。何もしなくていいから、ただ、修一以外の誰かに側に居て欲しかった 修一以外の、誰かに 「…………現実、ちゃんと、受け入れないとな」 俺がリビングに行くと、夏富はベッドに背を預け、マグカップを片手に雑誌を読んでいた。夏富の部屋は驚く程物が無く、生活感があまり感じられない ベッドとテーブルと、テレビ。簡単に表すなら、そんな感じだ 「風呂、ありがと。それ、何?」 「ホットココア。牛乳が入ってる」 俺がリビングのドアの前から声をかけると、ベッドに背を預けている夏富は俺の声に反応してこちらを見上げてきた 夏富に言われると確かに、ココアの甘い香りがする。身体を優しく包み込む様な、甘ったるくて、くすぐったい香りだ 俺も昔は、よく飲んでいたな 「相変わらず、顔に似合わずの甘党だな」 「お前も飲むか?」 「あー、ビールがあれば、ビールがいい。ちょっと飲み足んないから」 「ああ。確か、前にお前が持って来たのが残っていたな」 夏富は少し考える素振りを見せた後、その場から立ち上がり冷蔵庫を開けた。目当ての物があったのか、それを取り出してこちらに差し出してくる 冷たいそれを受け取って、俺は元の場所に戻って行った夏富の隣に腰を下ろした 直ぐ側に感じる体温も、匂いも、どれもが修一のそれとは違っていて、妙に心を落ち着かせてくれた
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