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「あいつとは、仲直りしたのか」 学生達でひしめく学食で、テーブルを挟んで俺の反対側に座った夏富が不意にそんな質問を投げかけてきた 夏富の目の前にはきつねうどんが、俺の目の前にはカツ丼がある。俺はその質問にカツ丼を食べていた手を止めて、夏富に視線を向けた 「まあ、一応」 嘘は言ってない、と思う。夏富の言うあいつ、修一とは決して元通りに戻った訳ではないが、側から見れば元通りも同然だ 仲直りしたという表現が正しいのかわからず、しかしこの状況を何と説明していいかも思い浮かばなかった俺は、一応と言って言葉を濁した するとそれだけで納得が出来たのか、夏富はそうかとだけ言って掛けていた眼鏡を外し、うどんを食べ始めた 俺は夏富の一連の動作を眺めながら、突然どうしてそんな質問をするんだと疑問に思い首を傾げれば、夏富は俺の言いたい事がわかったのか質問の経緯を話してくれた 「お前が、最近泊まりに来なくなったから。きっと仲直りしたんだろうと思ってた」 「あー、えっと、あの時は色々迷惑かけたな。何日も泊めてもらったりして」 「別に。迷惑だと思った事はない」 「ははっ、ありがと」 別にテスト前でも何でも無かったのに、夏富は俺を何日もの間泊めてくれた。夏富がバイトの日には、好きに使えと家の鍵まで渡された位だ 俺は最初その鍵を受け取ろうとしなかったが、お前の事を信用していると言われれば悪い気はしなかった 世話になったお礼に今度何か奢ると伝えると、夏富は目を見開いた後で、別にいいと首を振った 夏富は本当に物欲が無い。それに奢るのも奢られるのもあまり好きではないと言う 「でも、今回ばかりは遠慮すんなって。なんだったら学食とかじゃなくて飲みに行ってもいいし」 「飲みに、か……?」 夏富が何か思案する様な表情を見せた後、不意に、左手をこちらに伸ばしてきた。それはとてもゆっくりで、まるでスローモーションの様に近付いてきて 俺の頬に、夏富の指先が掠った。ひんやりと冷たい感触だった あまりにも突然で驚いて、反射的に身体をピクッと反応させると、その指先は直ぐに離れていった 「どうした?」 「糸くずついてた」 「ああ、悪いな」 「……やっぱり、奢らなくていい」 昼食を食べ終わり、夏富は外していた眼鏡を掛けて席を立つ。俺は夏富動作に、何の違和感も感じてはいなかった
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