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「あれ、今日は大人しいんだな」
抱き締め返す直前に、そんな声が脳みそに直接響いてきた。その瞬間、俺はピタリと動きを止める
俺は今、何をしようとしていた?ダメだ。この状況を、思い出せ
俺は修一の、本当の恋人なんかじゃない。だから今だって、そういう意味で抱き締められてなんかいないだろうが
抱き締め返す寸前で何とか踏み止まった俺は、背中に回しかけていた手をそのまま修一の肩へ置くと、離せと言わんばかりに力を込めて押し返す
正直、本当に危なかった。この熱に侵されて理性を吹っ飛ばす、ギリギリ一歩手前と言った所か
このまま抱き締められていたら、俺はきっと修一の服を後ろに引っ張ってソファーへ押し倒し、組み敷いていただろう。理性なんてそんなもの、この状況ではまるで役に立たない
「修一、もういいから、離せ」
俺はいつもより低めの声でそう言い放った。必死に修一の身体を引き剥がそうと、肩を持つ手に更に力を込める
けれど体勢が悪いらしく、思う様に力が入らない。修一とソファーの肘置きに挟まれているせいか、予想以上に身動きも取れない
どうにかして逃れたくて、前には逃げられないからと、後ろに下がるスペースなんてこれっぽっちも無いくせに無意識に後ろに下がろうと床を蹴る
この状況は、圧倒的に俺に不利だった。まるで最初から俺が逃げる事を想定して、ギリギリの位置に腰を下ろしたみたいに、修一の足が俺の行動を制限する。俺の退路をあっさりと塞ぐ
ああ、これなら、例え理性を無くした所で修一を押し倒すのは無理な話だったな。と、頭の片隅でそんな事を思った
「おい、離せよっ……!」
「今更何でそんな抵抗すんの。さっきまで、大人しかったのに」
「お前が急にこんな事するから、驚いてたんだ。仕方ないだろうが。とにかく、さっさと退け」
「ああ。もしかして、照れてる?だから離れたいの?」
「なっ……!」
そう言って、修一は俺の顔を覗き込んできた。覗き込まれた瞬間、真っ黒な瞳と視線がぶつかって、しまったと思い直ぐさま視線を横に逸らしたが、そんなものは無意味だった
視線を外したって、この顔が隠せる訳でもないっていうのに
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