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思えば同じ肉体強化を主に使いながらも、俺がスピードと身のこなしを重視して鍛えてきたのも少なからずトラウマになっているからだ。
あのなんとも恐ろしい光景が……。
思い出しただけでぞっとする。師匠恐ろしや。
実際には単純に体質の違いでもあるが。
散々しごかれてきたにも関わらず必要以上にムキムキにならないでくれた己の筋肉に感謝だ。
俺の顔を見上げている魔王の顔はそんな師匠には似ても似つかない。
あえて探すなら薄紫の瞳の色が同じではあるが、さして珍しい色でもない。
「おぬし信じとらんな」
ぷっくりと可愛らしく唇を尖らせて、ふてくされた顔をする。
そんな表情はますます俺が思い描いていた魔王像とはかけ離れていて、混乱させられる。
「ええい、ちょっと待て」
ごそごそといきなりドレスの胸元に手を突っ込むものだから、俺の目はその手元に釘付けになった。
見事な巨乳が手の動きに合わせて軽く揺れる。
あんなちょっとの動きで目に見えて揺れがわかるんだから、すごいもんだ。
合掌。
魔王は胸元から銀色の鎖を引っ張りだした。
鎖の先には丸い銀色の銀貨がぶら下がっている。
通常の銀貨と比べると少し大きめで裏が鏡になっているのか日の光に反射してピカピカと光っている。
白くて細い指先がそれを弄ると、パカンと上下に割れて中から小さく折りたたまれた紙が取り出された。
魔王は鎖を服のなかに戻すと、丁寧に紙を広げていく。
「これを」
差し出された紙に目を落とすと、そこには見慣れたあまりにも特徴的な字が並んでいて、少し気が遠くなる。
「……マジか」
やたらデカく角張った癖のある字。
それは間違いなく師匠の筆跡だった。
癖のある字ほど特徴さえつかめばマネしやすい、というのを聞いたことがあるが、師匠の字に関してはどこの達人にも無理だろう。
そもそも読み慣れてないとなんと書いてあるのか解読さえ困難なのだから……。
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