深淵の使者はかく語りき

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「……クトゥルー?  何のことか、分かりかねますね。  そもそもあなたは、この部屋へどうやって入ってきたのです?  今日の面会予約に、あなたの名前はなかったはずだ」 「あら、そんな風にとぼけるんですか?」  依代は笑みを含んだまま答えると、ポケットに手を滑らせた。 「『銀月の会』は、表向きには新興宗教団体ですが、ネット上では違う面を持っていますよね?」  ポケットから引き抜かれた手には、いびつなアラベスク模様の彫刻が施された銀色の鍵が握られていた。  アンティークと呼ぶにふさわしいその鍵は、彫刻と相まって不気味な空気を纏っている。 「クトゥルフ神話をベースにした、オンライン・テーブルトークロールプレイング。それが『銀月の会』の本質」  その鍵を片手で弄びながらも、依代の唇は動きを止めない。 「本質、というよりも、母体、と言った方が正確なのかしら?  ……それにのめり込み、仮装と現実の見分けがつかなくなった者が暴走して、宗教団体としての『銀月の会』ができた。  もしくは……」  そして私を見据える瞳も、イチミリたりともぶれない。 「『女神のような月様』が現れたことにより、境界が分からなくなったのかしら?」  その視線に、悪寒が走った。
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