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範雄の唇が離れた後も、多摩子の唇は熱い期待を欲し、赤く濡れていた。
身体の芯が渇き、多摩子の全身が彼を求めていた。
この奇跡のような幸せがすぐにも夢幻のように消え失せ、また自分は独りになってしまうのではないか――そんな不安が怒濤のように多摩子の心に押し寄せ、急き立てた。
「…………やっ!」
多摩子は自分から離れようとしていた範雄の髪に細い指を絡ませ、愛に潤った唇を押し付ける。
もう離れたくない、離さないでと願いながらの多摩子の接吻は、範雄の情熱に易々と火を付けた。
伸びてきた強引な腕が多摩子の腰を引き寄せ、大きな手のひらが多摩子の唇を薄く開かせる。
獣のような唇が多摩子を覆い、固くすぼめられた赤い舌が巧みに多摩子を誘った。
歯列を這い、絡ませ、雄々しく吸い、角度を変え、味わうように、執拗に触れていく。
久しく触れることのなかった愛の扉が容易く開かれていく手応えを感じながら、範雄は獣のように多摩子を貪った。
官能の芽が育ち、止められずにいる愛の挨拶の先に待ち受ける未来を象徴するように、範雄が手からコートに押し戻そうとしていたベルベット張りの小箱がホームに降り積もった雪の絨毯にころんと転がった。
それは東京の果てなく孤独な砂漠の旅を制し、夢への切符を乗り継いで手に入れた成功のあかし。
第2章 再会した彼とのキスシーン/おわり
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