92人が本棚に入れています
本棚に追加
「謝る必要はまったくないのだけれど……ふふふ、さて、これで全部よ」
瓶の山で埋まったテーブルを見渡すラグーは、ヴェルサがまとう麝香の香りに魅了されながらもどうにか意識を奮い立たせた。
「こんなにたくさん……!?
これでも、まだ何か足りないんですか?」
「ええ、足りないわ、肝心なものが。
欲望の蜜を精製した液体がないと――ね」
「欲望の……みつ、ですか」
調合の材料でそのような名前のものを習った試しがないラグーは聞いたこともない言葉に躊躇いを隠せなかった。
しかしその一方で、どこか蠱惑的な秘密めいた言葉に胸をどくんと高鳴らせたのも確か。
ヴェルサはそんなラグーの初々しさに興奮を抑えきれずにいた。
親書の内容を知らされていない無垢な少年を遣いに送った国の要人の采配は間違ってはいなかった。
少なくとも、西の魔女として乗り気のしない依頼を引き受けようと思える位には。
『緊張状態にある隣国との戦争を回避するために、ある薬を依頼したい』
簡潔に書かれた文書の奥に国の事情がありありと描かれていた。
国同士、娘息子らに政略結婚を結ばせるつもりなのだろう。
敵対同士であれど、親族ともなれば話は別だ。
隣国の姫君に、媚薬という名の惚れ薬を飲ませ、手込めにする――一見して恐ろしい計画も、魔女にとってそのような依頼は効果の大小あれど、茶飯事である。
良心の呵責などはない。
同情はしない。
必要なものは、男女の交わりを誘発させるための起爆剤ともなる愛と精の混合液を精製したもの。
最初のコメントを投稿しよう!