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大きく開かれた四角い光を遮るように立っていた男は、多摩子に懐かしい匂いを運んできた。
キャリーケースを手に、ホームとの段差からトンとスマートに降り立った彼は、白線の内側で立ち尽くしたままの多摩子に気付き、立ち止まる。
一年経つ今もなお褪せることない想い出の色彩が二人の心を過去へと立ち帰らせ、互いを見つめ合う黒い瞳は再会の喜びで輝いていた。
警笛がひとつ、白銀の世界を繋ぐプラットホームに鳴り響く。
それを合図に強い風が吹き荒れ、見つめ合う二人の髪がぶわりと逆立った。
がたんごとんがたんごとん
雪で被さる先が見えない果てない土地へと電車は次なる旅に出ていった。
ホームに静寂が戻る。
言葉が見つからず、ただただ夢幻ではないのかと震える多摩子の指先が、一年経ち、より精悍な顔立ちになった範雄の頬にそっと触れた。
「一年は……長かったか?」
先に口を開いたのは範雄で、その瞳は情熱に溢れ、光っていた。
「もう……戻って…こないかと…思っ……」
感激で語尾が途切れ、彼が自分を見つめる温かな面差しに、多摩子はその身全てを投げ売っても惜しくはないと感じた。
黒地のスーツコートに身を包む範雄の逞しい腕が、寒さの中を耐えきった多摩子の小さな背に回った。
きつく抱きすくめられる腕の中、この瞬間の訪れを、多摩子は今まで何度願い続けてきたことだろう。
多摩子の頬からあたたかいものがぱたぱたと流れ落ち、範雄の腕にしみを作っていく。
「多摩子……」
「範雄さん……」
互いの名前を確かめ合うように呼び合い、気持ちを確かめ合う儀式は終わった。
範雄の武骨な手が冷えきって赤くなってしまった多摩子の頬に触れると、彼女は電気が走ったように小さくびくりと身体を震わせた。
そんなしぐさにいとおしさを感じずにはいられず、範雄は多摩子の顔を上向きにさせ、甘い誘惑に頭をくらりとさせながらも瞳を閉じる彼女の唇に、短い口付けを落とした。
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