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錫杖の男は元々、刀鍜治であった。彼が育ったのは寺だったのだが、鍜治師の弟子となり、以前は鍜治職人を生業としていたのだ。数奇な運命とでもいうべきか、ある柵により仏門へと戻ってくることになったのだが。錫杖の仕込み槍を鍛えたのが、彼の刀鍜治としての最後の仕事であった。知ってか知らずか。どこまで冗談なのか本気なのか定かではないが、火男の申し出を問答無用で断ってしまうには、なぜだか惜しい気がしていた。
「その代わり……と言っちゃあ、何ですが」
おもむろに続けられた火男が出した交換条件は、世にお馴染みの謀略の匂いがしていた。結局、錫杖の男は正体不明の輩に商売道具を託すことに決めた。本来の仕事であった里神楽の最中、顔の手拭いが斜めに歪んでいる火男の面を探したが、一群の中に見つけることはできなかった。村主には黙っていたが、錫杖の男が祭文語りに使用したのは自身のものではなく、火男がどこからか調達してきた杖であった。
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