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「よし、決めた」 「じゃあそれを心の中で強く思ってください。 でも、ぜったい口に出して言わないでね」 私は優雅な仕草でポケットからハンカチを取り出すと、ぱさりとトランプに被せる。 小さくてもこれはイリュージョンなんだ。 お客さんに魔法をかけるためには全ての動作に気を配る必要がある。 「お、嬢ちゃんプリンセステンコーみたいだぜ」 だけど、なぜだかお客さんたちの反応はいつも感嘆の溜め息ではなく楽しげな笑いだ。 楽しんでもらうのがマジックなんだしまあいいか。 「このまま選んだカードを手探りで取り出してみせますね」 私はそう言ってお客さんを見回す。 カウンターや他のテーブルのお客さんもこちらを注目している。 見慣れた常連さんがほとんど。 みんな商店街の人たちだ。 一見さんはマジックを見せている人と、カウンターの端にあともう一人だけ。 マジックを気に入ってもらえればまたお店に来て貰えるかもしれない。 売り上げ貢献だ。 私はカウンターのお客さんにも微笑みかける。 それから、やはり優雅な手つきで一枚取り出したのはダイヤのキング。 それを二人に見せる。 「違うなあ」 「オレのでもない」 「あれ、おかしいな」 私は少し慌てて見せる。 「じゃあこれはどうですか?」 次に取り出したのはスペードのエース。 「ひーちゃん、どうした? 失敗だぞ」 ハジメおじさんが言う。 もう一人のお客さんもうんうんと頷いている。 「はい、失敗しちゃいました。 どうやら今日は調子が悪いみたいです。 残った三枚の中から当てても、もう全然すごくないので――」 パサッ 私はハンカチをひらりと振ってみせる。とても優雅に。 「もう消しちゃいましょう」 ハンカチがどけられた後の左手には何も残っていない。 お客さんたちからおーっと歓声があがる。 私は深々と頭を下げる。 一流のマジシャンには礼儀は欠かせないもの。 頭を上げたその時、カウンターの中でお父さんが前掛けで手を拭うのが見えた。 誰かおあいそなんだ。 見るともなしに見回すとカウンターに立っていた一見のお客さんがこっちに歩いてくる。 あれ、こっちにレジはないのに。 このお店はカウンター越しにお会計するのにな。 だけど、何か変だ。
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