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「ちょっと職員室に用事があってさ」
六三四の姿を認めた彼も手を挙げて応えた。
その嬉しそうな笑顔をちらりとだけ見て逸らした目を、私はそのまま正門へと向ける。
あくび混じりの生徒の姿がちらほらと見える。
「んだよ、オレを先に行かせて、可愛い彼女と手を繋いで登校か」
近くまで行くと朱理くんはグーを作って六三四の胸を突く。
「二組の中井さん、だよね。
オレ、白峯朱理。
いつも六三四をお世話してます」
悪戯っぽいようなにっこりとした笑顔を向けられて、私は「どうも」とかそんな感じの口ごもった返事しかできない。
きっと顔は真っ赤になってる。
「手なんか繋いでないし、オレと一二三はそんなんじゃないさ」
六三四は照れも笑いもせず、ぶっきらぼうに訂正する。
こういうのが武士と呼ばれる所以なんだろうな。
だけども、事実私たちはそういう関係ではない。
親同士も付き合いがあるだけの、ただの幼なじみなのだ。
高校生になってまで付き合いの続く幼なじみというのも珍しいのかも知れないが、特別私たちの仲が良いということでもないと思う。
私は剣道に打ち込む六三四を見守り、六三四は些細なことで敢えて私に頼る。
これは双方にとって義務に近い関係なのだと思う。
誰に強要されたわけでもないけど、色々なものが然るべき場所に落ち着いた結果の関係。
たぶん恋愛とかそういうものとはもっとも遠い関係。
まあ六三四からすると、私みたいな地味な女子を彼女だと勘違いされるのも迷惑かも知れないけど。
「違うのか?
お前は女の子には目もくれず剣道ばっかりだから、中井さんみたいな彼女がいるんなら納得いったんだけど……」
言いながら朱理くんは手の平を口元にもっていって何かに気付いた様子のリアクション。
「さてはお前、ゲイか!
オレの貞操狙ってやがるな」
「ばーか。
だいたいお前に貞操なんてないだろうが」
言いながら六三四は朱理くんの頭をはたく。
剣道部でとても仲の良い友達ができたとは聞いていたが、私は少しだけ驚いていた。
六三四がこんなふうにリラックスして笑う姿を見るのは初めてのことのような気がしたから。
だけど、大袈裟に頭を押さえて笑う朱理くんの笑顔は、何となく私の胸の奥もふわっと軽くしてくれるような気がした。
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