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彼は自分を見上げる威嚇の視線には気付かずに続ける。
「まるでプロみたいに上手いんだぞ」
プロマジシャンの演技なんて見たことないくせに。
普段なら褒められて悪い気はしないのだけど、今この瞬間だけはもう手品の話題から外れて欲しい。
だけど私が話題を変える言葉を発する前に、朱理くんがぴょんと一歩跳び出して私の前に来た。
目をキラキラ輝かせて言う。
「手品!? すごい、何か見せてよ」
どきん、と心臓が大きく跳ねた。それからものすごい速さで拍動を始める。
過剰に押し出される血流の行く先は顔とか耳。
さっきから赤くなるしかしてないな、なんて頭の片隅で思いながらも、手は半ば反射的にブレザーのポケットに伸びる。
手品に使うハーフダラーコインならばいつでもポケットに入っている。
こんな風で、普通の会話さえ苦手なはずの私は、だけど――
「朱理くんはラスベガスには行ったことはある?」
――幼い頃から染み付いた習性というのか「マジックを見せて」と言われた時だけ、条件反射のように饒舌になる。
取り出したニッケル製の銀色のコインに刻印されたワシの紋章が街灯の白い光を受けてピカピカと光る。
「ううん」
面喰らった様子で朱理くんは答える。
剣道で彼がマトモに面を食らうことなんてほとんどないんだろうけど。
私はピンっと親指でコインを弾き上げてみせる。
「この50セント硬貨は見栄えもいいし、大きさも適当でマジックをするにはもってこいのコインなの。
でもアメリカでも一般にはあまり流通してなくて」
私がキャッチしたハーフダラーを熱心に見つめながら、朱理くんは「へえ、そうなんだ」と感心したような反応を見せてくれている。
だけど、どこか義理で返事をしているようにも思える。
やっぱり引いているのだろうか。
だけど、一度始めた演技を途中で止めるなんてできない。
「でもスロットマシンで使われるからラスベガスに行けば手に入る。
だからマジシャンはラスベガスに行って買いだめしてくるの」
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