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もう一度、暴れてみるけど乱暴に壁に押し付けられて、息が詰まった。
「ね?何してるの?」
あ、なんか本気で迅の声が聞こえる。
なんかもう幻聴の聞こえる年なんだな。オレ。
人が動く音、押し殺した悲鳴。軽くなる背中。
「どうしたの?」
ぐるっと身体を回された。ぽすっと倒れ掛かった身体はただ一人、知っている恋人の感触で。その向こう側にはオレに痴漢をしていたらしき太ったスーツの中年の男が苦痛に顔を歪めている。
「迅?」
「うん」
返事をした迅の表情に、身体が震えた。
一切の表情のない、その顔はオレの知らない迅の顔だった。
「何された?」
冷ややかな声と視線は、いつもの迅とは違っていて、嘘をつくことも誤魔化すことも許してくれなかった。
「ち、痴漢」
震える声で怯えながら囁くのが精一杯だった。
「そう」
その瞬間、ぼきっと嫌な音が聞こえた。
オレにのしかかっていた男が手を押さえながら膝をつく。
「ああ、ごめん」
迅が狭い通路で、その男をまたいで向こう側でしゃがみ込む。
うめき声をあげる男の手をつかむと、指を捻った。
また嫌な音がして、男が叫ぶ。
「脱臼したの元に戻したから……楽になるけど、一応病院行ってね」
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