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「私の名前…ですか?」
唐突に名前をたずねたことに少し驚いたようだ。また失敗した。会話力なしだな僕。
「私の名前は…、華党 サチって言います。そうですよね。名前が分からなかったら受け答えしにくいですよね。」
「では、貴方のお名前は?」
失態だ。名前を聞いたら名乗らなければならない。
「ぼ、僕の名前は…」
「僕の名前は…ない。ただ、鳥のような名前なのは覚えてる。」
「何故…名前がないのでしょうか?」
僕は、記憶というものがない。
昔、ある火災で家族を失った。その際トラウマとして、記憶をなくしたんだ。
そのあとの生活も名前を忘れたひとつでもある。
貴族の家に引き取られた。その家は人を大層侮辱する事が好きな人の集まりだった。何度も蹴られ、罵られた。「名無し、名無し!」ってね。奴隷の如くこき使われたよ。
名無し言われ続け、完全に自分の名前を忘れてしまったよ、奴隷のような日々と共に。
でもね、独りだけ大切にしてくれた人がいたんだ。おじさんにあたる人だ。一応、そのおじさんから名前はもらったけど…。
「そのおじさんからなんて呼ばれてるの?」
「……………こ…り…。」
「え?」
「ことり……。」
「…………はい?」
「小鳥だって言ってるんだよ!!」
恥ずかしい!!この名前を出すとは…。
「ふふふ。可愛らしい名前ですね。」
「恥ずかしくて、余り言いたくないんだ。」
僕は体を丸め、フードを目深にかぶった。
うわ、顔が真っ赤だ。
「名前、わかると良いですね。」
アハハと笑い栞とペンを取りだし、
「もう、閉店時間ですね。またのご来店お待ちしています。」
どこからか取り出した本と何かを書いた栞を手渡された。
「ここでは見ないでくださいね。」
喫茶店からでた。いつの間にか雨は止み、空は青紫に染まっていた。そこには丸い月が。
「なんか……今日は調子が狂うな………。」
栞と本を手に、僕の家に帰宅した。
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