俺達の騎馬戦伝説

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帰りの電車では、さすがの隆でさえ、ぐったりと椅子に座り込んでいる。 しかし、同じ電車に乗り合わせている工高生の手前、にぎにぎボールは手離せない。 「……広樹、『騎馬戦の秘密』、そろそろ書く気になってきたんじゃねぇんか」 にぎにぎ。 「……おぅ……ドキュメンタリータッチで10本は、軽く書けそうな気がするっちゃ……」 にぎにぎ。 「林の奴、意外に頑張っちょるよのぅ。 すぐに逃げ出すかと思うたのに」 にぎにぎ。 「そうじゃのぅ」 にぎにぎ。 にぎにぎ。 「広樹。ワシ、勝ちたい」 隆が、ポツリと呟いた。 にぎにぎ。 にぎにぎ。 誰に言うふうでもなく、隆がうつむいてぼそぼそと話す。 「ワシ、入学してすぐ、実は野球部に誘われたんちゃ」 にぎにぎ。 「え、すげえ! 知らんかった、甲子園常連の野球部から勧誘か!? 何で入らんかったんか」 にぎにぎ。 「マネージャーやらんか、って」 「……」 にぎにぎ。 にぎにぎ。 「自分の実力はわかっちょる。ワシじゃ選手としちゃぁ役に立たん。 野球部が目的で工高入った訳じゃないしのぅ。 野球は好きじゃけど、やるんならプレーしたい。 じゃけぇ、断って文芸部に入った」 「……」 にぎにぎ。 にぎにぎ。 「でも文芸部でもおんなじじゃった。 本を読むのは好きじゃけど、ワシに物書きのセンスはないけぇ」 にぎにぎ。 「……でもお前の感想、いつも正しいで。ワシ、頼りにしちょる」 にぎにぎ。 「そうか? それくらいしかできんけぇ。 いっつもワシ、傍観者にしかなれんのんちゃ」 「……」 にぎにぎ。 にぎにぎ。 「けど今、キツいけど楽しい。 お前らと一緒は一緒なんじゃけど、 自分のために、自分がやりたいことやりよる、っちゅう感じがするんちゃ。 こんなん、初めてかもしれん」 「……」 にぎにぎ。 にぎにぎ。 「広樹、お前もけっこう面白うなってきちょるじゃろ?」 「……」 にぎにぎ。 にぎにぎ。 「幼稚園からの付き合いじゃけぇの。 読み専ナメんなよ!」 隆が顔を上げて、ニッ、と笑った。 俺はこの日から、真面目にノルマをこなし始めた。 そして、 俺は沖田の手首を10分間も握り続けられないまま、 林は一度として山下先輩に触れられないまま、 体育祭の日はやって来た。
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