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「……笑うなよ」
「……ごめんなさい」
そしてまた、泣き出しそうな表情になる紗凪。
それを見た俺はというとそのポーズのまま、慌てて前言を撤回する。
「……な、な、な。タイム! ちょ、タイム! 嘘、笑って……笑ってください……」
何がタイムなのか知らないが、取り敢えずなんとか紗凪が泣き出すのだけは防ぐ事が出来たようだ。
つか、このポーズ他人に見られたら完全に変態のそれと勘違いされる。
「……うん、ありがとうお兄ちゃん」
でも、目の前の少女が笑ってくれる。
この時の俺にとっては、それが何より嬉しかったのだ。
◇
それから数年の月日が流れ、俺は晴れて中学生となった。
紗凪も学校に通っていたら小学校最上級生となる年頃。
今日も俺は学校帰りの日課となっている紗凪の病室を訪れる事にした。
そして、今日も目一杯笑わせるのだ。
俺は笑ったアイツの顔が好きだから。
「コラッ! 紗凪ッ! 病室でふざけるんじゃありませんッ!!」
学校の清掃箱から頂戴したアルミ製のバケツを頭から被り、くぐもった俺の声が響き渡る。
バケツを頭からスッポリ被っているのだ。
無論、前が見える筈もなく、俺は紗凪の向かい側の人物へと高らかとそう告げていた。
バケツを取ると同時に訪れる無言の圧力。
沈黙を破るかのように、名も知らぬ黒髪の少女に一言だけ俺は罵声を浴びせられた。
「……変態」
「……俺は変態じゃねぇ」
説得力の欠片もなかった。
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