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想像はしていた。が、想像を遥かに超えるお屋敷だった。
――――こういう所で暮らすには、こういう暮らしに慣れていなければ無理だ。
お嬢様がタクシーを降りた。
俺も、運転手に待っていて欲しいと頼み、お嬢様に続いて降りた。
「ご挨拶しましょうか」
「いえ、大丈夫です。自分でちゃんと話します」
それでは、と軽く会釈をして背中を向けたお嬢様が再び振り返る。
「私、彼が今どこにいるのか知ってるんです。静岡で中学校の教師をしてるんです。もう3年会っていません。
もしかしたら彼女がいるかもしれない。そんなところへ私が訪ねて行ったら迷惑だと思いますか?」
「会いに行って、どうするつもりですか?」
「謝りたいんです。父の暴言と、逃げてしまった私の事…」
「じゃあ、もし向こうに彼女がいたら、謝るの、やめますか?」
「いえ、それとこれとは別です」
「だったら問題ないんじゃないかな?謝るべき事はちゃんと謝る。そのあとの事はそれから考えればいい」
お嬢様が「はい」と言ってにっこり微笑み、一礼すると、大きく立派な門ではなく、その横の通用口のような小さな扉を開けて入って行った。
――――家柄がいいと大変な事も多いようだ。俺、一般家庭で良かった。暮らす事に不自由がなくても、生きる事に制限があるなんて、俺ならきっと耐えられない。
早苗さん、ちゃんと彼に会えるといいな。で、出来れば、うまくいくといい…。
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