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当時の生活は苦しかった。
持っていた貯金は、すべて部屋を借りる為の資金に消え、家具らしい家具1つ無いスタートだった。
取り立てて入れるモノも無い、空っぽの作り付け収納棚。
真新しい白壁の広いリビングには、実家暮らしの時に自分の部屋で使っていた炬燵にもなるアンティーク風のテーブルが1つだけ。
同期の友人達との付き合いも極力避け、部屋と会社の往復だけを繰り返してたっけ。
でも、それをツラいとは思わなかった。
この広いリビングからの夜景を眺めながら、自分の足で立っている、そんな想いがむしろ自信になっていた。
何でも1人で決め、さっさと行動に移してしまう娘を案じた父からは、まとまったお金が送金されてきていたが、手をつける事無くいまだ通帳の中に眠っている。
そうして少しずつではあるが、自分好みの家具を買い、食器を選び、1人暮らしも12年を過ぎ、どこよりも居心地のいい空間を手に入れた。
「先輩の部屋って、スタイリッシュなデザイナーズブランドの部屋なんでしょうね」
必ずと言っていいほど、後輩達は口を揃えて言う。
恐らくそれは、普段の私の雰囲気から察しての想像だろうが、実際は違う。
髪がショートボブだったのもパンツスーツが定番だったのも、アキラの一言から始まったもので、本来の私はもっと…。
――――そうだ。また、髪伸ばそうかな。肩先よりももっと長く、巻き髪なんか出来るぐらい。 それから、ワンピースを買いに行こう。明日、会社帰りに。うん、そうしよう。
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