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「葵先輩。ここ、ですか?」
「え?あ、うん。そう、ここ。予約は入れといたから入れるはずよ?」
取り留めない世間話をしながら歩いていたのだが、これまた年の功と言うべきか、口とは別に私の頭は他の事を考えていた訳だ。
だからびっくりした。
那美嬢に店の名前を告げていなかったら、恐らく通り過ぎていただろう。
「わぁ、お洒落~。素敵です~」
那美嬢が店内を見渡す。
「ね、お一人様の雰囲気じゃないでしょう?」
「確かにそうかもしれませんね~」
「女性同士も多いけど、カップルで来るのも素敵よ?那美ちゃんも今度は彼と来なさいね」
「……」
――――しまった。マズかった?深い意味は無かったんだけど、黙っちゃったわ、那美嬢…。
「先輩は…、有森さんと来た事ありますか?」
口に運んだグラスの水を噴き出しそうになった。
「な、何?何であいつが出てくるの?」
那美嬢は正面からじっと私を見ている。
「はっきり言っとくけど。私、ここに来たのはこれが初めてなの。だからね、いい?有森くんと来た事があるか、っていう質問に対しての答えはノーよ」
手にしていたグラスを置いた。
そこへ、頼んでいた料理が運ばれてくる。
「じゃあ、次は私が質問してもいい?」
那美嬢が頷いた。
――――これって、他人から見たら、私がイジメているように見えるんじゃないかしら。
「何故、有森くんの名前が出たのかな?」
那美嬢が目を伏せる。
――――う~ん、黙っちゃったか。困ったな。
そう思った時、小さな声が聞こえた。
「だって…」とまた俯く。
――――どう見ても悪者は私だ。どうするかな~。
「聞いたんです。有森さんに。先輩の事、好きなんですか、って。そしたら『好き』って。『俺の理想』って…。私、振られちゃいました」
――は、はぁ?な、何を、あのバカっ!
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