1 出逢いの章

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椅子から立ち上がりそうなぐらいびっくりした。 慌ててグラスの水を飲む。 「はぁ~。まさか那美ちゃん、あいつのジョークを真に受けたんじゃないでしょうね?」 「有森さんはそういう事を冗談で言う人じゃありません。好きなものは好き。嫌いなものは嫌い。はっきりした人です」 (良いモノは良い。美味いモノは美味い。それは認めなきゃ、でしょ?) 「まぁ、そうかもだけど」 「私、先輩だったら諦めようと思って。それで、お聞きしたかったんです」 「諦めるって、私とあいつは何でも無いわよ?」 「それも知ってます。『俺の片想い』って有森さん言ってましたから」 ――――はぁ…。いったい昨日からどうなってるの?私、何をした?ただアキラを引っ叩いて別れただけよ?あ、引っ叩いたのがマズかった?もしかしてこれって、バチが当たってんのかしら。 「先輩は有森さんが嫌いですか?」 「あのね、嫌いとか嫌いじゃないとか、そういう問題じゃないの」 「どういう問題ですか?」 「ねぇ、那美ちゃん。あなた、どうしたい訳?私とあいつをくっ付けたいの?」 ――――また黙ったか…。 「ねぇ。あいつの事、好きなんでしょ?」 那美嬢が頷く。 「じゃあね。百歩譲って、あいつが私に片想いだとしよう。でも、当の私は何とも思ってない。だったら那美ちゃんにとってはチャンスじゃない。あいつだって見込みの無い片想いなんて、いつまでもやってないわよ?」 「いえ、駄目なんです」 「何が?」 そう言いながら今夜のディナー、ポークのソテーを口に運ぶ。 本当なら、食事など喉を通るはずの無いぐらいうろたえているのだが、可愛い後輩の前でそんな素振りは見せられない。 しかしさっきから、いったい何を食べているのやら、まったく解らないのも事実だった。
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