1 出逢いの章

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改札を抜け、どちらからともなく立ち止まる。 「母は本気にして無かったんですけど病院中の噂になって、父を狙ってた後輩ナース達から陰口を叩かれるようになって。 その時に一番傷ついた言葉が、『年上女が年下男を騙した』だったそうです」 ――――うん、解る。私だって傷つく。言われるって解っていても耳に入ってくるのはツラい。 「結局、母はその病院を辞めて民間の個人病院へ移ったんです」 「まぁ、勿体無い…」 「ほんとは師長なんていう柄じゃなかった。でも断ったら、二度と声がかからないと思ったから無理してたの、って言ってました」 「そう」 「ようやく平穏な毎日になったと思っていたら3ヶ月後に父がやって来て…」 「え?お父様も?」 「そうなんです。これには母も、びっくりするより呆れた、って言ってました。でも、凄く楽しそうだったって。お給料も減っちゃったはずなのに、患者さん1人1人と話す姿が凄く楽しそうだった、って」 「えぇ」 「それから半年くらい経って『ご飯食べに行きませんか?』って誘われて、自然な感じでついて行ったそうです。 病院を変わってからはアプローチも無かったので、てっきり気が変わったんだと思っていたら、『そろそろ惚れてくれてもいいんじゃないですか?』って。 いきなりですよ?椅子に座るなりいきなり言ったんですって」 「やるわね~、お父様」 「でね。母はびっくりしたけど可笑しくなっちゃって。『そうですね。でも多分、少し前から惚れてました』って答えたんですって」 「まぁ。お母様も素敵!」 「父の両親…、今同居してる祖父母なんですけど、挨拶に行く時は緊張したそうです。絶対に反対されると思っていたから。ところが予想に反して大歓迎で」 「もしかして、おばあさまも年上だったとか?」 「いえ、そうじゃないんですけど、父が毎日毎日、母の事を話すんですって。『凄い人なんだよ。優しい人なんだよ。俺はあんな人とだったら幸せになれるな~』って。これは祖母から聞いたんですけどね」 「それって、いわゆる作戦ね?」 「そうだと思います」 那美嬢が幸せそうな笑顔を見せた。 ――――心理を突いた素晴らしい作戦だ。人柄の何たるかを知って納得したら、年齢なんてまったく無意味かもしれない。
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