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クローゼットの奥から1着のワンピースが出てきた。
黒無地の膝丈。胸元の開きが深く、デコルテが強調されるデザイン。
身体のラインに沿った流れるようなシルエットに一目惚れして買ったんだっけ。
黒なら抵抗なく着れるかな、と思ったけど、何となく似合わない気がして、結局袖を通さないまま忘れてた。
――――う~ん、これで行く、か…?胸元が広くて恥ずかしいけど、シフォンのストールでも巻けば大丈夫かな。
と、まぁ、そんなこんなで出て来たものの、駅に向かう道でも、電車の中でも、歩いていても座っていても、非常~に落ち着かなかった。
足がスースーするのだ。
――――やっぱり、パンツのほうが落ち着くな~。
だが、かつての私は髪も長く、ワンピースが大好きだった。
ジーンズを穿く事はあっても、パンツスーツなど無縁だったのだ。
それが、上司のお供で初営業に出る事になった時、『やるぞ!』という意気込みから新調した黒のパンツスーツを着て行って、その帰り、初仕事が巧く運んだご褒美にと1人でバーに立ち寄った。
それまでは、1人でバーに行くなんてとんでもない。何が楽しくて…、と思っていたのだが、多分スーツのせいだろう。
一端のキャリアガールになった気になり、また、同僚達とよく行く馴染みのバーだったという事も手伝って、お一人様でカウンター席に座った。
店員達とも顔馴染み。
だから、何だかんだ話し相手になってもらいながら、自称『大人なお酒』を楽しんでいたら男に声をかけられた。
それがアキラだった。
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