第1章

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 「君は覚えていないのか?基礎ゼミナールの発表で『将来の夢』をテーマに、俺達は同じ班に配属されてお互いに話し合ったじゃないか。」  私は一年生の頃の記憶をさぐった。そんな発表もあった気がする。確か、あの頃は『将来の夢』なんて酷く幼稚的だなって批判してやった事もあったっけ。  「うん、あなたはあの時から『学校の先生になりたい』って言ってたよね。」  「そして君は、スクールカウンセラーになりたいって言ってた。」  「・・・・・・・・え、そうなの?」  だけど、私はあの時自分が発表した内容を覚えていなかった。流石に子どもの頃に言っていた「お花屋さんになりたい」なんて発表する訳はなかったが、何故スクールカウンセラーなのだろう。そう言われても全く思い出せない。今の私は子供の頃の夢しか思い出せない。  「覚えてないのか?君はあの時とても真剣な眼差しをしていたのに。本気でスクールカウンセラーになりたいのだと、ずっと思っていたのに。」  「・・・・・・・・・」  そんな事は言っていない。と、主張したかったのに何故か私は黙り込んだ。そういえば、心理学のどこかの講義で聞いた事がある。人は自分にとってあまりにも高過ぎる理想を抱くと、己を傷つけないためにそれを忘れようとするらしい。例えば、私たちとは別の大学生のAさんがいるとしよう。Aさんは親の希望通りに医学部に進学したが、本人は医者になりたい訳ではない。本当は弁護士になりたいのだ。しかし、Aさんが医学部に進んでしまった以上、そこから弁護士になるのはとても難しい。しかも、両親の希望にそって裏切りたくないと思っていたのなら、弁護士の夢は諦めるしかないのだ。つまりAさんは苦しい思いをしないためにも、きっといつの間にか弁護士の夢を忘れるだろう。私もAさんと同じかもしれない。私もいつの間にかスクールカウンセラーの夢を忘れているのかもしれない。それなのにどうして花屋の夢を覚えていたのだろう。
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