第1章

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 そんなことを考えていると、私は一限の予習をしようとしていた事をすっかり忘れていた。座ってからもう七分が過ぎていた。そろそろ教室へ行かないと授業が始まってしまう。そう思ったので移動しようとしたが私にはまだきのうの気怠さが残っていた。きっと今日は、彼には会えない。  一限は精神分析学の講義。私はこの科目が苦手だ。何故なら、誰かと関係を持つときに習っている心理学の学問を意識し過ぎてしまうからだ。例えば、友人が落ち込んでいるとすると、私はその友人に向かって素直に「頑張って」とは言えない。もしその友人に鬱病の可能性があったら?なんて考えてしまうと、「頑張って」なんて言葉は慰めになんてならないどころか、その友人をさらに落ち込ませてしまうからだ。これ以上頑張れなくて、頑張り過ぎて鬱病になってしまった相手に「頑張って」の一言は酷く残酷なものだ。もちろん、必ずその友人に鬱病の可能性があるとは限らない。だけど、私にはどうしても心理学的に考えてしまう傾向があるのだ。そう考えると怖くて結局何も出来なくなってしまう。それはつまり、私が精神分析学を習ったとしても落ち込んでいる友人を慰められないから、結局のところは得られた知識だけでは完璧な人間関係を持つことは難しいのだ。もしかしたら、私たち心理学の学生はあまりにも他人に気をつかい過ぎるから逆に一般人よりも人付き合いが下手なのかもしれない。そこまで一限を険悪しながらも、私は教室に入った。が、何故か誰もいなかった。おかしい。あと三〇秒ぐらいで講義が始まってしまうのに、ここには私しかいない。もしかして、今日は休講だろうか。そういえば、昨日は彼に会いたくなかったのか急いで帰ったから学校の掲示板を見ていない気がする。彼に別れを告げられたのは、帰宅してから電話での事だったが、昨日の彼は一日中なんだか様子がおかしかった。それで私は何かを予感していたのかもしれない。
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