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「存在が分からないから、人は不用意に、心の傷に触れる。言葉であったり、表情であったり、行動であったり。様々な事で、それを踏み付ける。気付かないうちに」
スッと、ハンカチを持っている手で、片瀬さんが俺の胸……心臓の辺りに触れて来た。
思わずビクリと身体を揺らした俺を、片瀬さんは苦笑したけど、手は離れて行かない。
ハンカチ越しだからか、強い拒絶反応は出なかった。
「君にも、君の『新月』が存在して、俺にも、俺の『新月』が存在している」
俺の新月……片瀬さんの…新月…。
「……片瀬さんにも……存在してるんですか?」
こんなにも、凄い人なのに?
悩みなんて、何一つ無さそうに見えるのに。
そんな思いが伝わったのか、片瀬さんは少し声を出して苦笑した。
「そりゃ、人間だからね。悩むし、後悔もあれば、傷付いたりもするよ。個人差はあると思うけどね」
言われて、神谷さんの顔が頭に浮かぶ。
……あの人も……。
あの人にも、そんな『新月』が存在するんだろうか。
「俺も君も…他の奴らも」
片瀬さんの言葉の一つ一つが、心に沁み入るようにして降り積もっていく。
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