その1

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 夕海町に朝日が差すのは他の町に比べると少し遅い方だった。夕焼けが沈む日本海側に位置しているのもあったし、東には山脈というほどではないが、幾つかの小高い山があるのも要因だった。まあ、少し遅いといっても半日村のように午後になって、やっと日の光りが差すほど遅くはない。日常では、朝の慌ただしい時間に人は気がとられ、日の出の遅さなど気に止めることはなかった。一年間で唯一、気にするのは元旦の初日の出ぐらいだ。  まだ朝日も出ない内に、優香は目の下にくまをつくりベッドから起き上がる。思った通り、熟睡することはできなかった。眠りについては、例の彼に支えられ、「可愛い」と言われた時を夢に見て、慌てて目を覚ましてしまうのを繰り返していた。いつもなら、七時過ぎまで寝ているというのに今日ばかりは、早朝の新聞配達が来る頃には、目の下にくをつくろうが目覚めてしまった。  不幸中の幸いだったのは、本日は土曜日であったことだろう。土曜日ならば午前中に授業は終わる。それから家に帰って寝れば、睡眠不足は解消されるだろう。この日ばかりは、優香は自分の部活が正式な部として認められていないことに感謝する。誰にも咎められず家に帰ることができる。  優香はパジャマ姿のままで階段を降り新聞を取りに行く。髪が少し乱れていたけれど、誰かに見られることはない。梅雨の季節、六月に入ったが、まだ雨が降り出すことはなかった。この季節は夕海町はいつもより霧が出やすくなる。山から太陽が頭を出すまでの間、波が穏やかになり凪の時間帯があり、その間、山に近い住宅地はちょっとした雲海になる。  玄関の郵便受けから新聞を取ると優香は目を通した。テレビ欄以外はあまり、見ないが今日は目が冴えていたし、少し他の記事も読みたい気分だった。何か記事でも読んで、昨日のことを忘れるようにしないと。なにせ、午前中は学校にいかないといけないのだから。もし、彼にまた会うことになったらパニックになって卒倒してしまうかもしれない。そんなことを考えてしまうと身体が小刻みに震える。一晩経っても、まだあの時の言葉を忘れることができずにいる。
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