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しかし、騙されたとしても、ポケベルの番号が書かれていたメモ用紙が濡れていたことは説明できない。受け取ってからトランクケースにしまい。それからはずっと、優香は肌身離さずトランクケースを持ち歩いていたから。唯一、気を失っていたのは喫茶店『時忘れ』のことだ。そこに、理由もなくイタズラをするような人はない。
「どういうことなの」
分からなかった。昨日の水紀が幽霊だったとでも言うのか。その幽霊が行方不明になっている友人の捜索を自分に頼んだというのか。そんな現実離れしたことが。
優香は一人、新聞と濡れたメモ用紙を見て考え込んでいた。
どれくらい、時間が経っただろうか。
「優香。友達が迎えに来てるわよ」
母から呼びかけだった。
「え?あ、はい」
時計を見ると、いつの間にか針が七時を過ぎていた。せっかく、朝早く起きたというのに時間は過ぎ去っていた。
「ちょっと待ってて言って!」
優香は慌ててトランクケースから制服を取りだすと、それを着る。折り目に沿って丁寧にしまっていたのでトランクケースから出しても綺麗なまま。明るい朱色のタイを締めると、トランクケースを閉じ、階段を駆け下りる。
この時、優香は新聞の記事に気を取られて、よく考えていなかった。友達が迎えに来るのは珍しいことではない。その場合、母は優香を呼ぶ時は、「○○ちゃん(もしくは、○○さん)が迎えに来てるわ」と言う。ところが、今日に限って母は、「友達が迎えに来てるわよ」とだけ言った。
その言葉で、優香は覚悟をしておく必要があった。誰が自分を迎えに来たのか。
「へ~。というと、君はあの道場の・・・」
「はい」
母は親しげに優香を迎えに来た人と話をしている。優香の友達だから無碍に扱うこともできないというのもあったが、その『友達』が珍しいかったのもあった。
「お母さん。おまた・・・」
階段を降り、玄関までやってきた優香の動きが止まった。目が玄関にいる人に釘付けになって動けなかった。
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