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アシスタントが慌てて駆け寄ろうとしたけれど、それを目で制して自分で取りに行く。
そういった備品の置かれた場所は洗髪をするスペースの隣にある。
そこを横切る時にチラッと瑞樹の様子を伺ってみたけれど、何やら楽しそうにお客さんの髪を拭いている最中だった。
「アハハ、何それ、チョーウケる!」
「いや、本当なんですよ。久し振りにちゃんとした夕飯と朝飯食ったんで、ほら、肌ツルツル」
洗髪はスタイリストはやらない。
よっぽど時間があればやるけれど、基本そんな暇はこの店には有り得ない。
一番忙しい時なんて十分単位でカットが入っていたりする。
スタイリストが洗髪しない以上、お客さんにしてみればよくわからないアシスタントが髪を洗っている、その程度の認識の場合が多いのに、そんな短時間であそこまで仲良くなれるのはさすが女ったらしだと褒めてやりたくなる。
お客さんに手を出さなきゃそれでいい。
そして職場で恋愛のいざこざを持ち込まなければ、文句は何もない。
というか、そのいざこざを昔持ち込んだ俺がその辺をとやかくは言えないんだけれど。
そんな瑞樹とお客さんの会話を聞きながら、慣れない備品の中からカラーリングのサンプルを探す。
俺がアシスタントをしていた時とは色々な物の配置が変わっていてわかりにくい。
「お? 珍しいな、喜一、備品に用なんて」
「オーナー」
職場恋愛なんて面倒なだけだってわかってなかった俺も悪いが、年上のくせに普通に俺とそういう関係に持って行ったこいつも悪い。
「何だよ。睨んで」
「睨まれる理由ならいくつもあるだろ」
まずアシスタントを俺に押し付けた時点で睨まれるだろう、普通。
悪びれない大人はズルく笑っているだけだ。
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