第3章 リードの要否

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「だって女のとこ追い出されたんじゃ可哀想だろ。それに男同士なんだし、短期間なんだし」 「よく言うよ」 「お前がノンケに手を出さないのはよく知ってるし」 どうだか。 「寮、空き出んの?」 「さぁ、出て行けとは言えないだろ」 「じゃあ、他に寮を準備出来ないの?」 「うーん」 あまりそんなに深刻に考えていない。 どうせ俺がもうひとり分のスペースをしばらくは持て余すだろうから、その間は大丈夫、そう思っているのが手に取るようにわかった。 今となってはわかりすぎるくらいに何を考えているのかわかるのに、あの当時は何もわからなかった。 どのくらい俺を好きでいてくれるのかも、どうしてノンケのあんたが男の俺を選んでくれたのかも。 だから、こいつだけ……他の男は全員俺をフッたのに、こいつだけは俺から別れを切り出したんだ。 怖くてその手を離したんだ。 「ほら、カラーリングのサンプル」 何を探してたのか分かっていたのなら、先にそれを出せよと、また睨み付けるとクスクス笑っている。 その笑顔をやたらとカッコよく思った、心臓を跳ねさせていた頃の俺はもういない。 いつだって余裕があって、その動きを目で追ってはドキドキさせられていた。 自分に余裕がない分、浩介のこの余裕のある顔が本当にカッコよく思えたんだ。昔は。 今となってはただムカつくだけだけど。 「そんな一食二食でツルツルにならないでしょー」 「いや、なりますって! あの飯は超絶美味かったです」 まだ瑞樹はさっきの会話で盛り上がっている。 「えー? その言い方だと彼女? まだ結婚はしてないよねぇ」 「いや、彼女じゃなくて、ご主人様です」 「キャハハ、チョーウケる」 あいつ あの駄犬、やっぱりアホだろ。 待て、お座り、お預けの他に“黙れ”も付け加えないといけない。 良い笑顔で丁寧にお客さんの髪を拭いているのは合格だけど、その話の内容は失格どころか、本気でリードでも付けて、ハウス! と言いたくなるくらいにダメだった。 「いやいや、言いつけ守んないとリード付けられちゃうんで」 そうアホな駄犬が爽やかに冗談かのように言ってのけるのを聞きながら、今付けたいわ! と心の中で叫んでいた。
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